わたり終えるか、転げ落ちるか
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うーん何だか最近キモチ的にサツバツとしていてあまりよろしくないので、この週末はあだち充作品にできるだけ触れようと思ったのです(^^;。
ラフ 1 (1)ラフ
あだち 充

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タッチ (1)タッチ
あだち 充

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H2 (1)H2
あだち 充

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前回のエントリの内容をふと思い出して、「感情(感覚)をシャットダウンする(ex.愛を捨てる)」てどんな感じなんだろう?それはそれで楽なんじゃないだろうか?…なんてことを帰りの電車で「どろろ」読みながら考えていたら、百鬼丸くんが僕の疑問に応えてくれました。なるほど。
らくなもんか
どろろ (3)どろろ (3)
手塚 治虫

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ちなみに映画の方は観てません。あんなの実写できるのでしょうか。
■「ハケンの品格」の大前春子さんはどうやらサウザーっぽい経緯を経て「スーパー派遣」に行き着いたのでは、と前回の内容を見つつ。この「サウザーっぽい経緯」っていうのは、

こ…こんなに…
こんなに悲しいのなら苦しいのなら………
愛などいらぬ!!

サウザー (北斗の拳) - Wikipedia
北斗の拳 (6)北斗の拳 (6)
武論尊 原 哲夫

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…っていうセリフに象徴されるような、「誰よりも愛深きゆえに愛を捨てる」っていうなかなかに切ない経緯のことで、確か実写版の「火垂るの墓」で、アニメ版では描かれなかった叔母・久子(←松嶋菜々子さんの演技が見事でした)の過去も「サウザーっぽい経緯」があったことが描かれていました(こちらは松嶋菜々子さんが雨の中を疾走するっていう描写のみでしたが、そこにセリフを加えるとなると、上に書いたサウザーの叫び(=こ…こんなに…こんなに悲しいのなら…)になると思ったのです)。
終戦六十年スペシャルドラマ 火垂るの墓終戦六十年スペシャルドラマ 火垂るの墓
野坂昭如 松嶋菜々子 石田法嗣

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自分にとって不都合な感情が芽生えるのなら、思い切ってその原因となるを根を絶やしちしまおう、っていうのって、多かれ少なかれ誰でも持ったことのある考え方だと思うのです。サウザーが愛を捨てた経緯はケンとの決戦の最中で描かれるのですが(注)、果たして大前春子さんの過去はどのように描かれるのでしょうか(ちょこちょこと出てきてはいるのですが)。楽しみです。サウザー越えは難しいでしょうけど(笑)、それ級の何かは来るんじゃないかな、と思ってたりしてます。

(注)以下のウィキペディアの記述には思わず吹き出しましたが(笑)。

2006年の劇場作品「真救世主伝説北斗の拳 ラオウ殉愛の章」はサウザー対ケンシロウのエピソードを中心に映画化したものだが、本作においてはオウガイとの悲しい離別の過去を含めたサウザーの「愛深き故に愛を拒んだ悲劇の男」という素性が綺麗に割愛されて純粋な極悪人として描かれ、ケンシロウが北斗有情猛翔破を使用する意味も失っており、本作のサウザー像についてはファン間でも意見が分かれた。


■…とは言え、大分前に今見てるドラマを挙げたのですが、その中でも「今週、妻が浮気します」が今一番楽しみ、と言いますか、のめり込み度が一番デカイです。ネットや書籍でオチ知っている人、絶対に教えないで下さいね(^^;。

keitamai.com超短編小説作業工程A(前編)」「作業工程A(中編)」を掲載しました。
■ひょんなことから耳にした「C’m’on Let’s go!」に、音楽を聴き始めた頃のいろんな記憶を呼び戻されるやら、その掛け合いVo.の完璧なまでのカッコ良さやらで、いろんなことほったらかしてしばらく立ち尽くす始末。いや、懐かしいとかそーゆーのじゃなくって(たぶん)。
BLACK LISTC’m’on Let’s go!;BLACK LIST
バービーボーイズ

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■遅ればせながら(僕は基本的に「遅ればせながら」ばっかしなのですが)連休中に「チルソクの夏」を鑑賞。評判通り、文句なしに素晴らしい映画でした(「なごり雪」ってあんなイイ歌だったっけ?)。と言いますか、主演の水谷妃里さんに(年甲斐もなく)完ッ全にココロ奪われました。
チルソクの夏 特別版チルソクの夏
佐々部清 水谷妃里 上野樹里

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なごり雪なごり雪
イルカ 伊勢正三 松任谷正隆

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■ふと気が付けばDream Theaterの新譜タイトルが発表されていて、その名も何と「Systematic Chaos」。うーんカッコイイ。期待大です(いつもだけど)。ただ個人的には、彼らの音楽って、ただ「Systematic」な「Chaos」っていうよりかは 、「Systematic enough to be Chaos」 っていう印象の方が強いんですけどね(^^;。

「お 俺はただの受信機みたいなモンなんです か 勝手にまわりから音が入ってきて 俺はそれを なんてか自然なカタチに並べ換えてるだけで……とりあえず今はその作業に没頭できれば満足で」

「だとしたらお前はアレだなッ マッシーンだな?」

「や先生ッ 並べ換える作業に個性がでるんですッ それはきっと音楽だけの話じゃなくって 映画だってスポーツだってそれが創造力で」

少年少女 (3巻)第十五話「ドレミファソラシド レミ ソラミ」;少年少女 (3巻)
福島 聡

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竹善さんによると、過去の偉大なクリエイター達は自分を「ただの受信機」「マッシーン」であることを(とても嬉しそうに)認めていて、そして「ただの受信機」「マッシーン」であり続けることを「『自分のスタイル』という言葉に酔い始めて守りに入ることで」やめてしまったとき、クリエイターは自分を「器以下にしていってしまう」、と。

DONALD FAGEN - PLAYING, WRITING & ARRANGING;竹善のブログ「おくらの軍艦巻き」

 オリジナルがゼロから決して生まれた試しは、どんなクラシックの巨匠ですらありえない(ある!という人はドレミファソラシド音階を使っている段階で矛盾があることに気付かない)と思うという話は機会あるたびに触れてまいりましたが、なぜか人はある段階から「自分のスタイル」という言葉に酔い始めて守りに入ることで実は、スタイルを維持するどころか自分を縮小していってしまう場合が多い。 また、たとえ百歩譲って維持できていたとしても、時代は流水のように一瞬もとどまることはないので、相対的に後退になっていくのである。

 人間、どんなに頑張っても自分の器以上のものはできないのであるが(もちろん、成長によって器の大きさは限りなく広がり得ることは言うまでもないが)、偏狭な守りは器以下にしていってしまうものではないだろか

Donald Fagen: Concepts for Jazz Rock PianoDonald Fagen: Concepts for Jazz Rock Piano

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つまりクリエイターが全精力を注ぐべきは何よりも、自分の受信機の「アンテナ磨き」&「チャンネル増やし」ということになるのではないか…とふと思った、「ブログの更新頻度も下がっていく」と自分で書いてしまうと無性に更新したくなるあまのじゃくな啓介なのでした(←「きょうのわんこ」風)。
こんな感じで↓ブログの更新頻度も下がっていくように思われマス(- -;。
ぼけ~
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もののけ姫もののけ姫
松田洋治 石田ゆり子 田中裕子

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