わたり終えるか、転げ落ちるか
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ザ・ソングライターズ」でも桜井さんが大切にしたいとおっしゃっていた「ゆらぎ」。今回のアルバムで一番それを感じたのはココでした↓

きっと嘘なんてない だけど 正直でもないんだろう

SENSEForever:SENSE
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Forever」、タイトル初めて見たときは、あんなに悲しい曲だとは全く思いもしませんでした。

あ、ココって「くるみ」にも通じるような。

あれからは一度も涙は流してないよ でも 本気で笑うことも少ない

シフクノオトくるみ:シフクノオト
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…なんてことは考えながら読んでも仕方ないですもんね。

■男性と女性、近代と未開、西洋と東洋、本当の相互理解とは…?に対する答えが↓に表れているように思いました。性の実践を学術的に応用すると…?うん、支配-被支配のセックスがつまんないのと同じで、支配-被支配なわかったつもりの理解なんてのはダメなんです。

 私の理解では、オーガズムとは男性が女性になったり、女性が男性になったりする状態を引きおこすという意味で、生物学的な性を越えることを意味します。

癒しとイヤラシ エロスの文化人類学(双書Zero)癒しとイヤラシ エロスの文化人類学(双書Zero)
田中 雅一

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その他にもいろいろと貴重な資料の紹介が。それからなぜか今職場で回し読みしてるっぽいのでいろいろ聞いてみたいです。特に女性陣。

■いやー対談もお二人それぞれの章も、「サバイバル」したくなる気にさせる情報が満載でした。その中でも特に気を引いた牧村さんの↓のご指摘。ITのおかげで制作費用はかなりダウン、広報コストもソーシャルメディアのおかげでかなりダウン、本当に音楽が好きな人だけで「サバイバル」できる日も近い?

 ここで確認をしておきましょう。実は、「一人1レーベル」というのは、ある種口当たりのいい標語であって、ここで目指そうとしているのは本当は一人ではダメなのです。一人で作って、一人で満足して、一人で拍手する音楽ほど寂しいことはありません。
 -中略-
 「一人1レーベル」というのは、「一人ぼっちでしなさい」という意味ではなく、一人でもできるくらいのノウハウを持って、そしてなおかつ複数の人数でレーベルを運営しましょう、ということなのです。

未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか (中公新書ラクレ)未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか (中公新書ラクレ)
津田 大介 牧村 憲一

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■先週末にDream Theaterのセッションサークル、Dream Theater Trial、略してDTTセッションに参加してきました。楽曲は「Pull Me Under」と「Take The Time」。超難曲だらけの彼らの楽曲の中では比較的弾きやすいかも?と思ったのですが甘かった…。ダメダメでした。無理やり最後まで通した感丸出しでした。
Images & WordsImages & Words
Dream Theater

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自分のテクに限界を感じつつも…でも今後も頑張って「トライアル」していこうと思ったのでした。

■最近読んだ本たち↓

むちゃくちゃおもしろかった!向井さんの音声に変換しながら読むとさらに楽しめるかも?クラゲの話が好きでした。
厚岸のおかず厚岸のおかず
向井 秀徳

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教育論というより、「大阪論」として読みました。最後のウチダ先生の「『教育権』の独立」のお話は、全力で同意します!
おせっかい教育論おせっかい教育論
鷲田清一 内田樹 釈徹宗 平松邦夫

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おせっかい教育論」の感想と少しかぶりますが、教育も読み書きもキーワードは「良質な負荷」。
「読む、書く、話す」脳活用術―日本語・英語学習法「読む、書く、話す」脳活用術―日本語・英語学習法
茂木 健一郎

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偉大な哲学者のおいしいとこ取り。素晴らしいコンピっていう感じでした。あえてひとり挙げるとしたらフロイト!「完璧に洗練された文体の持ち主」、「作家として小説や詩を残さなかったことを惜しむ声もあるほど」というのは、ほんとにほんとでした。うわぁって読みながら声に出てしまったかも。
哲学を読む―考える愉しみのために哲学を読む―考える愉しみのために
大浦康介 富永茂樹 小林道夫

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今日、仕事の帰りに一緒だった方が「ホルン吹き」だということがわかり(正確には「だった」)、帰りのバスの中ずっと↓のことが気になってしまい(ちゃんと話は聞いてましたよ)。

何故それはホルンでなくてはならなかったのか?」楽しみにしていたその答えは「ホントはクラリネットをやりたかったんだけど、他にもう一人クラリネットやりたい人がいて、その人が見るからに我が強そうだったから」というものでした。ううむ。それでも「クラリネット以外」⇒「ホルン」とはなかなかならないような気も。それにしてもホルンって高いんですね。40万円台が普通って聞いてびっくり。

 たとえばホルンという楽器がある。そしてそのホルンを吹くことを専門的職業とする人々がいる。これはまあ世の中の成り立ち方としては当然のことなのかもしれないけれど、そういうことについて真剣に考えはじめると、僕の頭は立体的な迷宮みたいに混乱してしまう。
 何故それはホルンでなくてはならなかったのか?
 何故彼はホルン吹きになり、僕はならなかったのか?
 ある一人の人間がホルン吹きになるという行為には、ある一人の人間が小説家になるよりはずっと深い謎が含まれているように僕には思える。

夜のくもざる―村上朝日堂超短篇小説夜のくもざる―村上朝日堂超短篇小説
村上 春樹 安西 水丸

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その方といろいろ話せば話すほど、やはりその方はどうしようもなくホルン的であり、なるべくしてホルン吹きになったような気がします。もしよければまたホルンのお話、聞かせてください。ホント、すべらないホルンの話、でした。
ジャケットを見た最初の印象は「regress or progress ’96-’97 tour final IN TOKYO DOME」のオープニングムービーの最後の2行「Out of Deep Sea」「深海からの脱出」、でした。
SENSESENSE
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1996年8月24日、
横浜アリーナでスタートした
「Tour Regress or Progress」は、
1997年2月16日、
スタートした場所、
横浜アリーナで一度幕を閉じた。

このツアーは、それに先駆けて
リリースされた彼らの5th Album
「深海」を中心に構成された。
特に中盤ではこの「深海」
全曲をまるでこのアルバムが
1つの交響曲であるかのように
完全に通して演奏され、
そのトータルコンセプト、
今までの彼らの殻をやぶる
特異なムードは、
大きな反響を呼ぶことになった。

1997年3月23日福岡、
3月28日、29日東京と、
彼らはこのツアーの最後に
「Regress or Progress Final」
と名付けられた、わずか
3回のコンサートを行なう。

このツアーには、彼らの6th Album、
「BOLERO」を含む、更に
壮大なステージが予想されるが、
情報によれば、5th Album「深海」が
トータルで演奏される
最後のツアーになる模様である。

詳細は不明であるが、
ツアーコンセプトとなっている
key wordは、

Out of Deep Sea

深海からの脱出

regress or progress ’96-’97 tour final IN TOKYO DO [VHS]regress or progress ’96-’97 tour final IN TOKYO DOME
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ま、クジラはそんな深いとこ泳がないけどさっ!
(かなり)遅ればせながら先月の図書館総合展「『長尾構想』への図書館界・出版会のまなざし」を拝聴しました。長尾館長のお考えを改めて確認、というより、構想への意思、と言いますか、人が何かを構想する際の心構え、のようなものについて、改めて痛感しました。

「長尾構想はあくまで提案であり、絶対モデルではない、現代は『より良いモデルを追求し続ける』時期」や、最後の「電子図書館に関する議論への理解度が格段に上がった」→「理解が深まって落ち着くところに落ち着くようなシステムができあがる、と期待している」といった長尾館長のご発言は、茂木さんの↓の話を思い出させました。「長尾構想」と構想に、館長のお名前をつけない方が、館長の意に沿っているのでは、という気もしてきます。

連続ツイート 離:茂木健一郎 クオリア日記

離(4)イギリスに留学していた時、科学的思考を支える離(detachment)の精神の凄まじさを知った。ある説が誰によって提出されたか、その経緯には関係なく、あたかも自分から独立したオブジェクトのように眺める。

離(5)自分の説でも、相手の理論でも、それをあたかも机の上にあるオブジェクトのように眺め、ここが出っ張っている、そこは引っ込んでいると記述する。究極のメタ認知。自分がかわいいという欲動を、消してしまうのだ。

離(6)議論をする時でも、ある問題についてさまざまな角度からアイデアを出し合う。誰がどのアイデアを提出したかが重要なのではない。その問題について、関連するアイデアが網羅されることが大切なのである。

離(7)一通りアイデアが出そろったら、誰のアイデアであるかに関係なく、それらを離の心で比較する。客観的に検討し、ベストなものを選ぶ。そのようなプロセスの中に、科学が科学たるゆえんがある。


長尾館長のお話は、その内容ももちろんですが、その謙虚で誠実な立ち振る舞いに、いつも学ぶところが大きいです。あ、冒頭でおっしゃった「忘れないと新しいことは考えられないので大いに忘れることにしている」は、大いに私を勇気付けてくれました。
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