わたり終えるか、転げ落ちるか
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昔書いた「最近の子どもたち、最近のサンタ・クロース」という短い短い作品です。ホントにいないかな、こんな子たちとこんなサンタ。メリークリスマス♪

 「僕の作った曲を聴いて下さい」。はぁ、またか。

 ここ最近になって、こういうタイプのお願いごとをする子どもたちが、とても増えてきたように思う。人が作ったものをもらって楽しむより、自分が作ったもので人を楽しませる。そんな風潮が子どもたちの間に、そしてさらには、サンタ・クロースにお願いするプレゼントの世界にまで、浸透し始めてきたのだ。

 他には「僕の書いた小説を読んで下さい」とか、「私の焼いたクッキーを味見して下さい」とか、要するに、「作品に対する感想」を子どもたちは求めているのだ。何もサンタ・クロースにそんなことを頼まなくたって、とも最初は思ったが、子どもの世界も大人の世界と同じく、「発信」する人が多すぎて、「受信」する人が足りないのだろう。さらには「受信」する人の中に、何か気の効いた感想を述べるだけの余裕がないのだろう。そこで、世界中の子どもたちの願いを、(あくまで建前上は)平等に叶えてあげるサンタ・クロースに「作品に対する感想」を求めることは、確かに必然的な流れであるようにも思える。

 しかし実際に困るのは、どういう返事をするかである。

 年に一度のクリスマス。私、サンタ・クロースとしても、その作品たち全てを褒めちぎってあげて、子どもたちみんなを良い気分にさせてあげたい。しかし、だ。「受信」より「発信」を求める最近の子どもたち。そういう表面的な褒め言葉など、むしろ嫌がるのではないだろうか。場合によっては正直に手厳しい批判を与えてやった方が良いのではないか。



 「コード進行が奇をてらいすぎていて、少々嫌味に聴こえます」
 「心理の描写はともかく、情景の描写にムラがあるように思います」
 「もう少し甘味を控えないと、一枚食べたらもう気分が悪くなるでしょう」

 結局私は、思ったことを率直に書くことにした。ただプレゼントを置いていくだけより、ずっと手間のかかる作業ではあったが、私は私なりに真剣にその作品たちに接し、そして感想を述べたつもりだ。うん、長い目で見れば、その方が良いに決まっている。何と言っても「『受信』より『発信』を求める最近の子どもたち」なのだから。



 しかし翌年、作品の感想を求める子どもたちの数は、サンタ・クロースの予想に反し、激減してしまった。やはりサンタ・クロースたるもの、子どもたちに夢を与える、希望を与える、やる気にさせる、そういう類の言葉を残しておくべきだったのだろうか。

 サンタ・クロースは少しばかり落ち込んだが、今年もなお、作品を枕もとに置き、その感想を求めてくる子どもたちのスキルは、昨年と比べて格段に上がっていた。そのことを確認すると、自分のやったことが間違いではなかったと、少しほっとした。

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12/1(木)、人文研アカデミー文学カフェ「作者に訊く―角田光代の小説世界」を拝聴してきました。イベントは「岡田先生のアイデア」とのこと。冒頭に「八日目の蝉(テレビ版)」の壇れいにゾッコン」というお話から始まり、会場の反応からも、「岡田先生=壇れいの大ファン」という図式はすっかり定着したのかしら、と思うほどでした。
音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)
岡田 暁生

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八日目の蝉 DVD-BOX八日目の蝉
壇れい

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角田光代さんと言えばその輝かしすぎるにもほどがある受賞歴や、映像化されているものも多いので、作品タイトルは結構聞いたことがあったのですが、お恥ずかしながら1冊も読んだことがなく…。今回ナマでお話を聞ける、ということで急遽読んだのが「空中庭園」「対岸の彼女」「八日目の蝉」の3冊(「対岸の彼女」の葵・ナナコの話がめちゃくちゃ悲しくって、しばらく後を引きました)。読んでて思ったことに関係する内容が多く聞けて(「無個性な文章」とか)、気づけばあっという間の2時間でした。文学、ちょっと遠ざかってた(意識的に遠ざけてた)ところもあったのですが、やっぱりこの世界イイ!
空中庭園空中庭園
角田 光代

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対岸の彼女対岸の彼女
角田 光代

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八日目の蝉八日目の蝉
角田 光代

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あとはいつもの、拾えた限りでのご発言メモ。
■「レーザービーム (Album - mix)」→「GLITTER (Album - mix)」の流れとアレンジの変え方がカッコよ過ぎて、初めてiPodで聴いたときはくらくらしました。でも全体の雰囲気は「FLASH BEST」っぽい印象が強くって、何だかなーって感じでした。前半のLive-Mix集はもーのすごくカッコいいのですが、後半がただ楽曲が並んでるだけ、みたいな。で、「FLASH BEST」の「Sugarless GiRL」みたいに、「JPN」でも最後に「スパイス」を置いておけば何となくめでたしめでたし感は出るだろーみたいなのもちょっと感じました。うーんやっぱしアルバムとしてちぐはぐなまとまり感が否めませぬ。「レーザービーム (Album - mix)」→「GLITTER (Album - mix)」の衝撃が大き過ぎたので十分お釣りは来るのですが。
JPN(初回限定盤)(DVD付)JPN
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FLASH BEST(DVD付)【初回生産限定】FLASH BEST
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■11/27(日)、公開シンポジウム「越境する カワイイ!可愛い!Kawaii!―ファッションとマンガ―」に行ってきました。初めての京都国際マンガミュージアム。館内はほとんど観れませんでしたが、何とも独特な雰囲気を醸し出していました。また来たいです。気になったコメントは以下のような感じで、「Kawaii」の意味の膨らみで頭がいっぱい×2になったところで、最後に田中雅一先生の「ところで『プリティ』はどこへ行った?」のご指摘で締めくくられました(笑)。ファッションとマンガを同時に考察することで、「Kawaii」の「越境ヂカラ」を堪能しました。

・中国、香港、台湾での少女漫画は、J-マンガ(日本の漫画)からどう脱出するかがカギだった。
・とにかく日本のマンガに依存しないモデルが必要。
・中華圏の漫画家は、日本で言うと声優のイメージ。ビジュアル系で、顔写真を出す人も多い。
・マンガの読者には「勤勉な読者」と「寡黙な読者」とがいる。Kawaiiのターゲットは前者。後者はただのオッサン。中綴じのものが多い。
・「Kawaii」=「(ジャパニーズ)ステレオタイプ(例えば芸者)」(=ローカル)?「文化的無臭」(=グローバル)?
・anan2006年4月号で『カワイイ』の新定義。「子供っぽさ」「幼児性」→大人の女性も形容の対象となった。木村佳乃、キョンキョンが掲載。
・「男性の価値観からの独立」→「『わたしたちだけがわかる』かわいい」。
・異性からの視線を「受容」or「拒絶」→どちらも「Kawaii」。
・「少し甘ったるい従順さ」「異性の視線を掴むための小道具」としてではなく、「子供の世界」「子供として保護を求める視点」として「Kawaii」が捉えられてる傾向が仏では強い?
・日本の「Kawaii」と海外の「Kawaii」は違う。
・「Kawaii」はゼロ記号?(何にでもなれる形容詞?)もはや意味なんてどうでもいい?だから越境する?
・「キモカワイイ」の意味は「キモイからカワイイ」?「キモイのにカワイイ」?
・ところで「プリティ」はどこへ行った?

最後に、シンポ中に紹介されたとある動画「Akihabara Majokko Princess」。ゲイシャ・サムライスタイルで「キャンディキャンディ」を熱唱するリトアニアのテレビ番組の動画がいちばんウケていたのですが、見つからず…残念!もう一回観たかった!
11/12(土)、「レクチャー第一次世界大戦を考える 連続合評会」の第6回「徴兵制と良心的兵役拒否―イギリスの第一次世界大戦経験 (レクチャー第一次世界大戦を考える)」に行ってきました。とうとう最終回です。何だか寂しいなぁと思いながらも、到着して開始を待っている間、第2シリーズの原稿依頼のお話がちらほらと聞こえてきて、寂しさも少し紛れました。冒頭に「こんな行楽日和の日にすみません」という挨拶がありましたが、本当に気持ちよい秋晴れでした。
徴兵制と良心的兵役拒否―イギリスの第一次世界大戦経験 (レクチャー第一次世界大戦を考える)徴兵制と良心的兵役拒否―イギリスの第一次世界大戦経験 (レクチャー第一次世界大戦を考える)
小関 隆

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まず、評者の後藤春美先生と、草光俊雄先生のお話から。「イギリス人にとって、見せたい過去だった『良心的兵役拒否』」(後藤)、「『兵役拒否』は自分勝手な個人主義?それとも、客観的な根本原理(=平和)に従った正しい行い?」(草光)というご指摘がとても印象的で、それに対して小関先生がどう応えるのか、とても楽しみでした。
随分前に書いてボツにしたヤツなのですが、最近この話の内容(この話を書くことで描きたかったこと)がちょっと気になってしまって。メモ的にアップ。下手っぴでごめんなさい。

 木下マキアートは、今年で三十三歳になる。昨年結婚して、旧姓の園田から木下に姓を替えた。園田マキアートと言えば、業界では割と名の通った空間デザイナーだったが、彼女のデザインは国内で流通するには、「あるライン」をいささか越えてしまっており、海外での評価は高かったものの、国内ではあまり受け入れられてはいなかった。しかしとても幸運なことに、彼女はそういう事実をありのままに受け入れていた。事実をありのままに受け入れる。これが彼女の人生訓だった。

 -国内では受け入れられずに、海外で受け入れられている。
 -そう。海外市場だけにしぼる?
 -いいえ、私はこの国で成功したいの。
 -じゃあ路線を変える?この国好みの。
 -いいえ。路線は変えたくない。私にはそんなことはできない。
 -じゃあどうする?
 -路線を変えずに国内で受け入れられる方法はある?

 事実をありのままに受け入れた人ほど、次に採るべき現実的な選択を決めるのに苦労しない。

 迅速かつ抜かりのない熟慮を経て、彼女はかなり早い段階から、海外での活動に重点を置くことにした。それはもちろん、「海外市場だけにしぼる」ことが目的なのではなく、「海外での評価が高い」という情報を国内にもっと流通させることが目的だった。コンクールにも、いつもより積極的に応募した。受賞すればすかさず、その情報をマスコミに流すようにした。デザインそのもので勝負したい園田マキアートとしては、少々不甲斐ない方法ではあるけれども、現実的には仕方ないことくらいわかっていた。そう、ここでも彼女の人生訓が生きている。そして実際、彼女が採った方法はとてもうまくいった。

 空間デザイナー・園田マキアートが、その成功の上り坂を着実に上り始めた時、当時彼女のアシスタントを務めていた木下シクラメンとの結婚が決まった。周囲からは結婚後も、園田性を名乗るよう強く求められた。籍を入れない、事実婚を積極的に勧められたのだ。あまり採りたくない方法にすら甘んじ、ここまで苦労してやっと、希望通りに国内にも認知され始めてきたんじゃないか。確かにマキアートという呼称は残るが、苗字がここで替わることは、振り出しとは言わないが、これまでの半分、いやそれ以上の道のりを棒に振ることになってしまう―木下マキアートが、園田マキアートと同一人物であることを知らしめるのには、また新たな時間的・金銭的コストが発生するだろうから―。それではあまりにももったいないじゃないか。何と言っても消費者は、デザインそのものではなく、「『海外での評価が高い園田マキアート』がデザインした」という事実を消費しているのだから。彼女を支えるスタッフはおろか、両親や兄弟を含めた肉親にすら、そういう声で充満していた。夫の木下シクラメンも、その声に賛同の意を表していた。むしろ僕が姓を園田に替えたいくらいだ、とも言っていた。

 「事実をありのままに受け入れる」という人生訓を忠実に守るならば、園田姓は残すべきだった。しかし彼女は初めて、このありのままに受け入れるべき事実を、きっぱりと拒絶した。人生訓よりも大切にしなければならないことがあることに、彼女は気付いてしまったのだ。それはひと言で言えば、ある種の「芸術的直感」だった。こんな考え方をするようになるなんて、自分でも少し不思議だったが、それでも彼女は強くこう思ってしまったのだ。事実なんてどうでもいい、私はこの直感に従うべきなのよ、と。やがて彼女のその確信に満ち満ちた態度に、周囲の声は次第に小さくなっていった(正確には、小さくならざるを得なかった)。

 しかし彼女のその「芸術的直感」に反し、木下マキアートへの評価は、信じられないくらい下降の一途を辿った。あれほど苦労して手に入れた国内での知名度は、あっという間に失われた。

 今からでも遅くはない、園田姓に戻そう。そういう声はより一層強くなった。木下マキアートのアーティストとしての自尊心への配慮から、経営を成り立たせる上での懸念から、新婚夫婦それぞれの地元での噂話への心配から、実に様々な観点から、声がより一層強くなっていくのが、木下夫妻には痛いほどよくわかった。それに対して木下マキアートはこう説明した。
 「確かに私に対する評価はどんどん下がっている。無視されていると言っても良いのかもしれない。でも木下姓に替えてからというもの、私のデザインのクオリティは飛躍的に向上していると思う。それは自分でもよくわかるの。結婚して家庭を持つことができたっていう安心感からかな、以前は思い浮かばなかったようないろんな斬新なアイデアが次々と浮かんでくるの。つまり、少なくとも私の中では、木下マキアートは園田マキアートを完全に凌駕しているのよ。みんなが気を揉んでいることは、私としても非常によくわかっている。でもこれだけは信じてほしいの。もう一度言うわ。少なくとも私の中では、木下マキアートは園田マキアートを完全に凌駕しているのよ」
 もちろんスタッフとしても、木下姓になってからの作品群のクオリティが向上していることは、長年彼女の作品を見てきた彼らにとっては一目瞭然の事実だった。しかし、いかんせんちっとも評価されないのだ。

 発注が来ない間、木下マキアートの卓越した空間デザインのアイデアの数々は、夫との新しい生活空間の設計に、ほとんど全て用いられた。美容師が自分の髪にはさみを入れるようなものだ(それもとびっきり斬新な髪型を)。周りのスタッフとしては、そのあまりにも斬新なデザインに商品的価値が付かないことを、ひどくもったいなく思ったが、そのような価値から離れたところで彼女のデザインが具現化されるというのも、決して悪くないような気もした。事務所の経営も、園田時代の貯金でまだ何とか切り盛りできるし、地元での悪い噂話も全く起こっていない。
 木下マキアートは、海外のデザイナー仲間が来日するたびに、よく自宅に招待した。当然、彼女のデザインは心からほめられた。素晴らしい。結婚してさらに磨きがかかったんじゃないか?ぜひ詳しく話が聞きたい。彼女がどれだけ、実は全く発注がこなくなってしまったのよ、と説明しても、日本人独特の謙遜の美と解釈された。それもそのはずだ。姓が「園田」から「木下」に変わったことが原因で発注が全くこなくなっただなんて、彼らのうち誰が信じるだろう?しかし、だからと言って、木下マキアートはそういう事実に対して全く不満を抱かなかった。ただ純粋にデザインの喜びと、妻としての喜びと、そしてデザイナー仲間と楽しく過ごせるひとときによって、木下マキアートの心は十分に満たされていた。
 しかし、それほど穏やかで満たされた心にさえも、木下マキアートとしてもう一度海外で認知され、そこで得たネーム・バリューを逆輸入する、という「例の」方法は、全く思い浮かぶ余地がないようだった。それは園田マキアートしては受け入れられた方法だったが、木下マキアートとしてはもう受け入れられなくなってしまったのだ。


 あれから三年後、とうとう財政的にも底をつきた木下マキアートは、家にスタッフを集め、あれこれと事情を説明し、そして一人ずつ全員に退職金を手渡したあと、夫の木下シクラメンと共に深々と頭を下げ、これまで尽力してくれたお礼を言った。あなたちのことを心から誇りに思っているわ、と。しかし、何かを詫びるような種類の言葉は、ひと言も発しなかった。
 夫と二人だけになってから、そのあまりにも斬新なデザインで囲まれた空間の中で、木下マキアートは夫に「これからどうしようか」と語りかけた。木下マキアートらしい斬新な位置にぽっかりと開けられた楕円状のガラス窓に、きれいな満月の瞳が宿った。

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