わたり終えるか、転げ落ちるか
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朝まで生テレビ「激論!大阪市長"独裁・橋下徹"は日本を救う?!」を観ました。やーおもしろかったです。ただ、東浩紀さんがツイートされておりました通り、「彼ら(=都構想等、橋下路線反対派)の橋下批判はおおむね具体性を欠き、揚げ足取りばかり」な印象が強かったですが、そうなってしまう原因も含めて、いろいろと思うところがありました。そのあまりにもすれ違う議論と、橋下市長のあまりの雄弁さに思わず、昔の宮台さんと保守論壇の議論をめぐる↓のお話を思い出しました。うん、「『論争』である限り」、「勝ち目はない」のだから、反対派の方々も、「テレビを見た人に『橋下っていう人、ひどいわね。あのひとたち、泣いてるじゃない』と思わせ」る作戦にすれば、まだ良かったのにと思った次第です。

岡田 「論争」である限り、僕は西部さんに勝ち目はないと思っています。西部さんが明らかにメリットがあるのは、非論理的な言葉を平気で言えるところと、年齢と、あの顔が持つ愛嬌みたいなものですよね。となると、泣きながら「そうなると、ワシが小さい頃好きだった日本はどうなるんじゃ」って言うしか、勝つ方法ないですよね。
宮台 そうであれば次のステージに行けるわけです。
岡田 言論の人っていうのは、すぐに一般性や客観的な事実に頼ろうとしちゃいますよね。西部さんだったら、まず伝統というのがあって、それで引っ張ろうとする。でも、その伝統を好きなだけで、この「好き」というのが前面に出せないですよね。「俺が好きな伝統」じゃなく、「伝統だからこれが正しいんだ」というふうに引っ張ってきちゃう。では、本質的な伝統とは何かという話になると、もう勝ち目なんて絶対にないですよね。
宮台 うん。だから「ワシの夢を壊さんでくれよ」というのが、最もまっとうで正当性のある言い方なんですよ。「ワシはこの夢がなくちゃ生きていけねぇんだ」と。―略―
岡田 テレビを見た人に「宮台っていう人、ひどいわね。あのおじいさん、泣いてるじゃない」と思わせれば、西部さんの勝ちなんですよ。それが、西部さんの好きな伝統を守る方法だから。つまり「おじいちゃんを大切にしよう」という(笑)。
宮台 「ワシの夢を壊さんでくれよ。宮台の言うように、単なる思い出にすがっているだけかもしれない。でもそれは私にとっては大切なものだ。その思い出を抱えて生きる道も許されていいはずだ」と。そういうふうに言ってくれればいいんです。そうすれば「あんたは勝手にやれ。ただし思い出を押しつけられるのはゴメンだ」と言い返せる。

マジメな話―岡田斗司夫 世紀末・対談宮台真司 僕らがバトンを受け取る日:マジメな話―岡田斗司夫 世紀末・対談
岡田 斗司夫 宮台 真司

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■特に深い意味はないですが、「課長島耕作」とか「ソラニン」とかを、読み返したりしてました。
ソラニン 2 (ヤングサンデーコミックス)ソラニン
浅野 いにお

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課長島耕作 (1)  新装版課長島耕作
弘兼 憲史

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■1/12(木)、京都人類学研究会にて、石井美保准教授の報告『「不浄」から「野生の聖」へ-南インドのブータ祭祀におけるヒエラルキー、憑依、環境ネットワーク』を拝聴してきました。「聖霊の贈与」論文の、以下の箇所で指摘されていた「参与している人々みなに分かち与えられる」といった女性の役割についての先生のお考えや、

 癒しの儀式を供犠祭祀とパラレルな関係にあるものとしてみるとき、癒しの対象となる女性の存在は、共同体の苦悩や祈願をその身に引き受けて聖霊に供される犠牲であるとともに、聖霊からの癒しを受けとる供犠祭祀の一人として考えることができる。つまり、癒しの対象となる女性は、供犠祭祀における犠牲と同じく聖霊/穢れを負ったみずからの身体を聖霊に捧げることでいったん死に、その見返りとして聖霊からの贈与、すなわち癒しを受けとることになる。しかも、ここで重要なことは、自己の身体を捧げることの見返りとして彼女が受けとる癒しは、供犠祭祀の場合と同じく儀式に参与している人々みなに分かち与えられるという点である。

また、先生の研究テーマであります「精霊祭祀」の特長について、「精霊の流通」論文の、以下の整理に見られる「混交を伴う拡散的な力」「個人的であり動態的」というご指摘から、

神霊祭祀において、祭祀の様式と司祭の形式過程は特定の地域社会と出自集団へと収斂する凝集的な力としてはたらいている。このことは地域の王権と結びついた伝統的祭祀の継承を可能にするとともに、移民の流出によって拡散した出自の回収と再編成という意味をもつ。一方、精霊祭祀では、祭祀の様式と司祭の形成過程は遠隔地への移動と異質な集団との混交を伴う拡散的な力によって特徴づけられている。―中略―…神霊祭祀では地域社会への帰属に基づき、神霊と司祭との間に安定した関係が築かれていたのに対して、精霊とその司祭との関係はより個人的であり動態的である。

分かち与えられ」、「拡散」し、「動態的」な特徴を持つ、先生がお考えになる「ネットワーク」というものについて、詳しくお話をお伺いできれば、と思っていました。私の南インドの慣習や儀礼についての理解がおぼつかないところが多かったですが、報告の結論部にありました「やりとりのネットワークと人間―精霊―自然関係」については(個人的に、ですが)そのエッセンスが垣間見えたような気がしました。ご著書「精霊たちのフロンティア」の方は未読ですので、こちらでもう少し理解を深めたいです。
精霊たちのフロンティア―ガーナ南部の開拓移民社会における“超常現象”の民族誌精霊たちのフロンティア―ガーナ南部の開拓移民社会における“超常現象”の民族誌
石井 美保

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質疑の際に印象的だったのが、研究を進める上で大切にしたいとおっしゃっていた「二項対立を取り戻したい」というお話。ふと「越境するラスタファリ運動」論文に見られる、「西欧資本主義・物質文明」「憧れ(の裏腹としての「迎合」)」と、「(豊かな)自然」「神秘性」「よき伝統(の裏腹としての「廃絶させねばならない悪しき因習」)」のような整理や、「神霊との交換」論文にありました、「慣習的制度および祭祀の実践」と「政府の制度および近代法」との「せめぎあい」に関する記述を思い出しました。また、質疑の最後の方では、石井先生はどうしてそんなに文化人類学に秀でているのか、というお話にもなり、そのやりとりの中で、最近読んだ「武道的思考」の中の以下の記述を思い浮かべていました。

 「観察力」は強いサーチライトを当てて、倍率の高い望遠鏡で対象を眺めるような感じがするけれど、名探偵たちはむしろきわめて受動的な、ほとんど可傷的な(vulnerable)状態で他者の身体の前に向かっているように思えるからだ。「強い身体」は微弱なシグナルには反応できない。「傷つきやすい身体」だけが「傷ついた身体」からの呼びかけ(calling)」を感知できる。
 計測機械は可傷的ではない。だから、機械は「逸脱」は検知できるが、「弱さ」は検出できない。
 「弱さ」というのはアウトプットそのものではなく、ある種のアウトプットを生み出す傾向のことだからである。

武道的思考 (筑摩選書)武道的思考 (筑摩選書)
内田 樹

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帰り道に思わずこういうツイートをしてしまったほど、興奮したひとときでした。
■2011年、↓に列挙したように、とっても盛りだくさんでいい年でした!大きな震災があったり、敬愛するベーシストTAIJIが自殺しちゃったりと、いろいろとつらいこともありましたが、それを補って余りある良いこともいっぱいでした。LPICレベル2も取れたし!初めてロックフェスにも行けたし♪

まず、たくさんの図書館関係の方々とお知り合いになれたイベント4つ。思えば2011年入ったばかりでは、関西の図書館関係のコネクションって、(古巣を除けば)ほぼゼロだったんだなぁと思うと何だかちょっと不思議。
第5回Code4Lib JAPAN Workshop「めざせ!図書館発、USTREAM中継!~基礎から、集客ノウハウまで~」参加記録 #c4ljp:人生はタイトロープ
図書館総合展フォーラム2011 in 京都 #LF2011kyoto に行ってきました!:人生はタイトロープ
オオサカオクトーバーフェスト2011:人生はタイトロープ
Sんべとは、アイヌ語で『心の錦』:人生はタイトロープ

そして、貴重なお話をたくさんお伺いできた「レクチャー第一次世界大戦を考える」連続合評会他、今年参加できたセミナーやシンポジウムの数々。思えば、東京から関西に引っ越してきて、大きな心残りが2つほどありまして、1つは、とても楽しく演奏させてもらえていたバンドを抜けないといけなくなったことで(こちらでもバンドを組めて、ある程度は緩和されはしましたが)、もう1つはLIBRO池袋やジュンク堂池袋店、または三省堂神田本店とかで行われていた数々の魅惑トークセッションに参加できなくなったこと、だったのですが、こちらは完全に充たされました。いや、ある意味東京にいた頃以上に充たされてる、と言っちゃっていいかも。こんな幸運に恵まれて本当にシアワセです。
飢餓という大量破壊兵器:人生はタイトロープ
岡田暁生先生の話芸:人生はタイトロープ
なかなかに濃縮かつメモリアルだった6/11(土):人生はタイトロープ
爆弾散華―間接的に表現することで直接的な表現を上回るということ:人生はタイトロープ
奇妙なもんだね。君は人を殺して捕まり、僕は人殺しを拒んで捕まるなんて。:人生はタイトロープ
フーコーの不安、トクヴィルの不安、富永先生の不安:人生はタイトロープ
『根源的な偶然性』『秩序への可変性』:人生はタイトロープ
それでも人間であることはやめられない~人文研アカデミー連続セミナー「生命・差異・表象」感想:人生はタイトロープ
すったもんだ:人生はタイトロープ
憂鬱からの脱却:人生はタイトロープ
いかに『無個性で書くか』を考えつつやってきた:人生はタイトロープ

■2011年一番良かった曲はPerfumeの「GLITTER」を挙げます!アルバムver.も良かったですが、オリジナルver.の方で。
スパイス(初回限定盤)(DVD付)GLITTER:スパイス
Perfume

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JPN(初回限定盤)(DVD付)GLITTER:JPN
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■飲みながら2011年最後の読書。「細やかな規則をめぐって、かえって無意味ないざこざが絶えないにもかかわらず、というかそれゆえにこそ、いざなんらかの非常事態に直面すると、とたんにフリーズしてしまうような社会」というご指摘にひどく共感する一方、「でもね、だからこそ、そこからの出口は至るところにあると言いたい」と、この状況に、希望の筋道を見出そうとされる王寺先生の姿勢にとても感嘆しました。でも、この「だからこそ」の域に達するには、私にはだいぶ時間がかかりそうです…。

…出る杭は打たれまくり、日常の隅々までマニュアル化と形式化が格差や紛争を抑えこもうとし、そういった細やかな規則をめぐって、かえって無意味ないざこざが絶えないにもかかわらず、というかそれゆえにこそ、いざなんらかの非常事態に直面すると、とたんにフリーズしてしまうような社会。僕もつきつめて言えば、なんでこんなに窮屈な世の中になってしまったのかな、という嫌な感じが根本にあるのは事実です。でもね、だからこそ、そこからの出口は至るところにあると言いたいとも思う。

脱原発「異論」脱原発「異論」
市田 良彦 王寺 賢太 小泉 義之 絓 秀実 長原 豊

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■2012年もよろしくお願いします!
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