わたり終えるか、転げ落ちるか
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■直読(=正則)VS訓読(=変則)のお話が強烈。「ところで明治初年の英語教科書には、漢文訓読法を応用したものが多く見られる」、「いずれにせよ訓読的思考方式の根深さを物語るものであろう」と英語学習との関連でも述べられておりましたが、この対立の根深さは、確かに英語(学習法)の方も割と熾烈だったことが思い出されます。それにしても、直読(=正則)→実用(語学)であることはまだしも、訓読(=変則)→国家主義・保守派という図式は、感覚的にはわかるものの、もうちょっとちゃんと考えたいところ。

 その(=青木の)「漢文直読論」(一九二一、原題は「本邦支那学革新の第一歩」)は、必ずしも中国語に固執せず、日本の漢字音(漢音・呉音)で直読すればよいというものであったが、この論文は当時の学会からの圧力によって、発表を余儀なくされた。
 一方、倉石は―中略―彼もまた青木論文の発表当時、直読論について意見を言わないよう、先輩から注意を受けたという。
 青木や倉石の直読論が学会からの圧力を受けた理由は、第一次世界大戦後の国家主義的な思想の台頭より、訓読が日本精神を発揚する手段として再評価されたからにほかならない。明治期に重野安繹が主張した「正則の漢学」は、結局は実用語学として、重野の期待どおり、その一部は日本の中国政策に貢献したが、変則であったはずの訓読は、国家主義の中に取り込まれ、あるいは紛れ込んだ事によって復活したのである。両者の亀裂は、戦後も親中国革新派の直読、反中国保守派の訓読として、ある意味では現在にまで続いている。

漢文と東アジア―訓読の文化圏 (岩波新書)漢文と東アジア―訓読の文化圏 (岩波新書)
金 文京

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漢文と東アジア」でも思わず第一次大戦関連の箇所を引用しましたが、「レクチャー第一次世界大戦を考える」、読み続けています。次に読み終えたのは「カブラの冬」。食の安全保障について、いや、食そのものについて、これほど考えさせられた本はなかったです。
カブラの冬―第一次世界大戦期ドイツの飢饉と民衆 (レクチャー第一次世界大戦を考える)カブラの冬―第一次世界大戦期ドイツの飢饉と民衆 (レクチャー第一次世界大戦を考える)
藤原 辰史

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連続合評会の一発目が「カブラの冬」ということで、これは楽しみです。

衝撃の真実を知ってからのきしんちゃんの変わりっぷりが印象的。誤った目的から解き放たれたきしんちゃん(の奏でる音楽)には、「いつもポケットにショパン」が。「ポケットに」っていうのがミソですね!
いつもポケットにショパン 1 (QUEEN’S COMICS PREMIUM)いつもポケットにショパン
くらもち ふさこ

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■好きな2バンドが、真逆の答えを出しました。どちらの決意も「真摯」過ぎて納得です!と言いますか、瞬火さんのこのエントリは文章として純粋に感動しました。

心:瞬火のまったり徒然草

こんなときだからこそ、自分たちの音楽とパフォーマンスで
悲しんでいる人や暗くなっている人を楽しませて元気づけ、
夢と希望を与えることができるのが真のミュージシャンなのだとしたら、
申し訳ありません。単純に、僕にはその才能がありません。

スターダスト・レビューより30周年ツアーを楽しみにして下さっている皆様へ

僕たちミュージシャンは歌うことしか出来ません。
だから、歌うことで僕らの大好きな街のために何か出来るのであれば、「全国に歌いに行こう」という結論に達しました。

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