わたり終えるか、転げ落ちるか
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後半は、「パリ五月革命 私論-転換点としての68年」サブタイトルの「転換点」についてのお話。「転換点」について語るにふさわしい方をお招きして議論を、とのこと。「延長覚悟で!」「時計台を占拠!」と司会の市田先生。
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まずは「肺がん手術のために聞きにくい声に」なったという安丸良夫先生から。

・学生運動というものは、偶然的な要因による。
・自分の体験した68年とは非常に違う。
・民生共産党系の学生運動が圧倒的な影響力を持っていた。
・全共闘運動のテレビ放送には共感しなかった。丸山政治学から考えても、遠からず崩壊するもの、と思っていた。
・全共闘運動は形を変えて継承して作りかえることもできたのでは?
・作り直しの新しい可能性は芸術運動にも大衆運動にもある。

続いて上野千鶴子先生。この日のイベント、「上野千鶴子のイベントはいつですか?」「上野千鶴子のイベントは無料ですか?」といった問い合わせがとても多かったとか。相変わらず恐ろしい知名度です。

・1968年を2012年に振り返ることの意味。安田の落城から42年、浅間山荘事件から40年。
・時計台でこういうイベントができることが感慨深い。
・68年とはなんだったのかの歴史を検証する。なぜ、私は、ここにいるのか。
・68年というものを、男が経験するのと、女が経験するのとでは、違う。
・「パリ五月革命 私論」は不思議な本。前半がドキュメント、後半が思想史。なぜ合本に?
・日本語で書かれているから、日本語話者に対して書かれている。フランスの経験を書く。この書き手は一体何者なのか?
・カメラを持った「傍観者」なんて、(日本では)必ず殴られる(会場笑)。
・68年を回顧するのは、「こういう希望があった」という地点で回顧を終えるわけにはいかないのでは?
・もし68年、日本にいたらどうなっていた?森有正・加藤周一批判は日本にいてもできたのか?
・「男の子たち」の革命であった。

続いて、「私は、無政府主義者・アナーキストのつもり」という自己紹介から始まった伊藤公雄先生。

・なぜヘルメットをかぶっていた?
・組織や党を超えた、「個人」の闘争だった。若い世代の反乱のひとつの特徴。
・日本の68年は、思想的には何も生まなかった(強いて言えばヘルメットくらい?)。
・中央司令塔がないまま、メディアに媒介されたまま、連帯していく。
・自由な開放的な雰囲気だけ楽しもう。
・西川さんに「私」からもう一度話してもらいたい。

最後に、「絓秀美の影響が大きい」「文芸批評家」、中島一夫先生。

・絓秀美があるシンポで「1968年は良かった」と言っていた。
・68年革命はあまりにも貶められている。今だに「挫折」として語られている
・村上春樹のスピーチ「核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」について。

西川先生の返答は、以下の通りです。

・69年に立命館に帰ってきて、「とにかく続けよう」。
・日常性の中で、できる場所で、できることを続けていこう。

司会の市田先生の伊藤先生への問いを含む応答です。

・長崎さんと西川さんとは68年の見方は違うが、「反近代」という意味では同じ。
・伊藤さんは「思想は残さなかった」と言うが、「反差別」と「マイノリティー」は思想ではない?
・上野さんのお話「ウーマンリブ」「女」は思想的な言葉な気がする
・思想をめぐる「思想」。伊藤さんに聞きたい、そもそも思想って何?

それに対する伊藤先生の回答。

・混乱招いてすみません。
・日本独自の思想を残せなかったのでは?ジェンダー、エコロジーは日本独自の成果ではない。
・唯一思想と言えるものがあるとすれば、「日本流」?
・僕が感じたのは「思想」ではなく、ただの「倫理的な運動」。

それに対する、中島先生の「日本独自の思想ではなく、世界同時的にテーマが共有されているという事実事態が、68年の思想なのではないか?」という指摘がとても印象的でした。ここで市田先生が議論の方向を変更。

・考えれば考えるほどわからない。
・思想を変えたか変えなかったか。
・68年は何だったのか?68年以降の変化は良い変化であったか?

最初に応えたのは上野先生。4つのポイントに整理して。

・68年は何を残したのか?
・①社会に:大学側が学んだ、ということ。
・②思想に:ポスト構造主義、ポストコロニアニズム(差別マイノリティー思想)。
・「私は女だ」は思想である。生物学的発言ではない。
・③個人の人生に:家族を組み替える人びと。
・④学問の分野に→肯定的なもの:シニシズムを残した。シニシズム発で発言しないと何も始まらない。→否定的なもの:高度成長期の中で貧困に陥る可能性のない学生。
・40年間経ってみると、足元で経済基盤が解体し、その点に関して楽観的なことは言えない。

その後、安丸先生の「全共闘運動は、『事件』という括りで記憶されるべきものではない」のお言葉にハッとしました。さらには「一揆運動と比較するとおもしろい。百姓ならもっとうまくやるぞ、と思った」というお言葉。会場がどよめきました(笑)。西川先生から、「敗戦国として、負けた国は『ゼロからの出発』をやりがち」というお話がありましたが、ここが百姓と全共闘との違いでしょうか…。

その後も、1968年をきっかけに、何が変わったか、何をもたらしたか、日本独自の思想は生まれてか、について活発な議論が続きましたが、その中でも強烈だったのが市田先生の「かなりの間選挙に行っていない」「68年が教えてくれた、選挙は政治ではない」「議会政治に興味がなくなった」…からの「激突ドンパチが政治である!」(笑)。会場でも先行販売されていた「革命論」の内容も含めて、先生の政治「観」に注目したいと思います!
革命論 マルチチュードの政治哲学序説 (平凡社新書)革命論 マルチチュードの政治哲学序説 (平凡社新書)
市田 良彦

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