わたり終えるか、転げ落ちるか
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■近所を散歩中に出くわした紅葉です。見事に糸へんにエ。
Owly Images

■11/22(木)、第1回「現状分析」の回の興奮から2週間後、廣瀬純先生によるレクチャー「ディストピア零年 - No, We Can't! Another World Is Not Possible!」第2回「『意味の論理学』を読む」に行ってきました。ドゥルーズが「革命」と区別して「革命的になること」と呼ぶものについて考察するために「意味の論理学」から「アクロバティックにつないだ」という抜粋レジュメが配布。分量的に今回も3時間、いや4時間くらいやってほしいなぁ、と思っていたのですが、そこはさすがにストップがかかり、前回と同じく3時間ほど(途中のペースだと、4時間以上行ってもおかしくないペースでしたが)。当日、廣瀬先生の(出張?)授業に衝撃を受けて今日やってきたという学生さんと少しだけお話したのですが、いやはや、そりゃ衝撃受けますよね!計2回の講義で、すっかりファンになってしまいました。
意味の論理学〈上〉 (河出文庫)意味の論理学
ジル ドゥルーズ Gilles Deleuze

by G-Tools
以下、廣瀬先生のVOICEで再現したい、取れる限り取ったメモ。

・福島のその後。大飯原発再稼働の決定。ありえない決定。決定的に不可能なことに向き合う必要がある。
・Actionの創造ではなく、Visionの創造。変われるのはVisionだけ。世界は変わらない。
・ディストピアとは見出すものであり、向こうからやってくるものではない。
・不可能な壁にぶつかること。「不可能」を見つけること。それによって「可能性」を見出すことが決定的に必要。
・マトモな現代思想家は、必ず踏襲している考え方。
・ハイデガー「被投企性」。私たちは、「投げ込まれてしまっている」。
・いい映画/悪い映画は、タイトルでわかる。救いがないタイトルのものがいい映画。希望を感じるタイトルのものが悪い映画。
・革命=「Actionによって新たな世界/人民を形成」、革命的=「この世界にとどまりながら、新たな世界(=表象としての逃避線)を作り出す」。
・「やる」ことではなく、(おのれのうちに耐えがたいもの(=不可能性の壁)を)「見る」ことが大切。
・才能のあるものは、白いキャンパスに「クリシェ」を見出し、才能のないものは、白いキャンパスに「純粋な白」を見出す。
・「不可能性の壁」=「可能性の出発点」。可能性を生みだす力は「不可能性」にしかない。
・「何も考えられません」という地点に到達することが「思考」の始まり。
・キャンパスに描かれる絵は「私のモノローグ」ではなく、「別の思考者」。
・「自由」=「運命(=あらがえない不可能性)を肯定する」。
・「道徳」=とんでもない世界に投げ込まれても、不当だと嘆いたりしないこと。ルサンチマンを抱かない技術。
・「どんな美人と付き合った」自慢より、「ブスでも付き合える」自慢の方が価値がある。
・(付き合っている)ブスを整形=「革命」、自分を整形=「革命的」。
・「あいまいな期待」を捨てる。持っているからルサンチマンが生じる。
・「運命愛」=運命を自分で選抜したことのように欲望する。受け止める。
・ブスケ(=「意味の論理学」で決定的に重要な人。第一次大戦で半身不随に。)の言葉「もっとも、その傷がぼくから取り上げたのは、卑下するために用いる能力(=ルサンチマン)だけだった。」
・「革命的な人間だけがルサンチマンから解放された者なのだ。」
・準原因とは、表層にふわふわと浮かび上がったもの。例えば「戦争」。本当の原因は、現場の兵士の殴り合いの中に、殴り返しの中に、逃走の中に、いわば物理的な相互作用であるはずなのだが、それらからふわーっと浮かび上がった「観念的」なものを「戦争」と呼んでいる。
・つまり、「準原因」はインチキくさい。但し、「準原因」からの呼びかけに応じて「原因」を作る。
・「原因」と「結果」の関係が必然的でない。もう一つの「原因」が必要。
・「革命的になる」=現在のただ中に、すべての過去と未来を見てしまう(=読み込んでしまう)。倒錯。
・「革命」=過去の状態を未来のモデルに近づけるようにする。転覆。
・「革命的になる」=食べることを実らせた樹木になる。
・「革命」=食べることをやめる。断食。
・「準原因」になって!という呼びかけに応えて、己が表現されることを期待する。そうすると「準原因」にならざるを得なくなる。そしてルサンチマンから解放される。
・「革命」を起こさないと、「革命的になれない」わけではない。
・不可能性の壁から逃走線を引くことを強いられる=準原因になっている。
・「到来することと語られることが同一だということである」=「世界の中に到来することを『信じている』『信じるしかない』」=「言うこと」が大切なのである。
・「見る」ではなく「読む」。キャンパスの中に「クリシェ」が…見えるわけない!「読む」からこそ「クリシェ」!
・「自分の非物体的分身」「生の子」=「出来事の準原因になった私」。
・「革命的になる」=愚か者たちが一部を成している世界を信じる。
・「革命」=愚か者がいない世界は到来しない。
・「一義性」は私のことばで言わない限り起きない。

会場のSocial Kitchenさん、とってもステキな場所でした!今度はゆっくりご飯食べに行きたい!
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