わたり終えるか、転げ落ちるか
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■京都精華大が無料で配布していた吉本隆明語る「思想を生きる」というDVDを年明けに観ていたのですがこれがとても面白かった。昨年読んできた本の中で印象的だった一冊に「パリ五月革命 私論-転換点としての68年 (平凡社新書595)」があるのですが、「」が「語る」ということ(の困難)について、吉本さんのお話を通じて少し自分の中で理解が進んだ気がしました。
パリ五月革命 私論-転換点としての68年 (平凡社新書595)パリ五月革命 私論-転換点としての68年 (平凡社新書595)
西川 長夫

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■大澤真幸さんを3冊ほど。「社会は絶えず夢を見ている」のような話言葉(講義)のものと、雑誌の論考や論文を集めた「近代日本のナショナリズム」「現代宗教意識論」のような書き言葉のものとどちらも読みたかったので、この三冊でちょうど良かった!「アイロニカルな没入」のお話はやはり大変興味深いです(「「ヒトラー」への熱狂も「アイロニカルな没入」だったとは…)。
近代日本のナショナリズム (講談社選書メチエ)近代日本のナショナリズム (講談社選書メチエ)
大澤 真幸

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社会は絶えず夢を見ている社会は絶えず夢を見ている
大澤 真幸

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現代宗教意識論現代宗教意識論
大澤 真幸

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また、「名前」に関する以下の考察は、ちょうどお借りして読んでいた「ぼくの地球を守って」の世界観を理解するのに役立ちました。80年代後半のオカルトブームってこんな雰囲気だったのか、みたいな。

 前世の仲間へと呼びかけているのだ。ここで注目したいことは、この種の投書では、必ず、自分自身とその前世の仲間が、特殊な前世名をもっているということである。その名前が、ありふれた日本人の名前であることはまずない。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなど、日本人に比較的なじみの国の典型的な名前であることすらない。名前は、北欧風であったり、インド風であったりする極度にエキゾチックな名前か、あるいは難しい漢字の組み合わせによって幻想的な響きや意味合いを喚起する名前なのである。
 ―中略―
 ここで特に重要なことは、前世の仲間を探す投書が、ただ名前を呼びかけられるだけで、仲間たちが前世における繋がりに目覚める、と考えている点である。この事実は、彼らの「共同性からの離脱」がどの地点で生じているのか、を教えてくれる。名前の呼びかけのみによって覚醒するということは、彼らが、非常に直接性の高い感応や共鳴によって関係しあっている、ということである。それは、テレパシーのようなものであり、―名前を呼ぶということを別にすれば―ほとんど一切の媒介をも要することなく、物理的な距離すら問題としないコミュニケーションなのである。

ぼくの地球を守って (1) (花とゆめCOMICS)ぼくの地球を守って(花とゆめCOMICS)
日渡 早紀

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