わたり終えるか、転げ落ちるか
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田中雅一先生のインタビュー第5回「ミクロ人類学」が更新されたので拝読(全8回だそう)。「オセロゲームのように一挙に白地を黒地に反転させるような強烈なインスピレーション」のお話が今回の個人的ハイライトでした。しかも「図書館」で、というのがまた。

Tanaka Masakazuインタビュー第5回「ミクロ人類学」:京都大学大学院人間・環境学研究科文化人類学分野

 たぶん各々異なる意味でブレイクスルーということばを使っている可能性はありますね。いままでうまくいかなかった調査がある経験や言葉のやり取りを通じてうまく事が運ぶようになるとか、何らかの偶然でいままで分からなかったことが分かるとか、いろいろあると思います。私の場合は、フィールドでではなく図書館でしたからあくまでも知的理解の上でのブレイクスルーということになるかな。だれにでも起こることではないと思います。だけど、人類学を志すなら知的に理解する喜びやその感覚を一度は経験できたらいいですね。その意味で28歳の時に、こういう経験ができて幸せだったと思います。私の場合は、たんにわかった!というだけでなく、それがヒンドゥー社会をまるごと理解=所有した、という感情に襲われた。当時5億人以上いたヒンドゥー教徒たちの世界が一挙に手中にできたわけです。
 しかし、同時にそれを崩さなくてはいけない、それがもっと大事なことなのだ、という高揚感も味わいました。

ミクロ人類学の実践―エイジェンシー/ネットワーク/身体ミクロ人類学の実践―エイジェンシー/ネットワーク/身体
田中 雅一

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茂木健一郎さんが「電車」で「クオリアの問題」を「一瞬にして悟った」話を彷彿とさせました。

 私自身が、クオリアの問題に気が付いたのは、1994年の2月だった。当時、理化学研究所に勤務していた私は、脳の研究を始めて2年が経とうとしていた。私は、研究所から自宅に帰る電車の中で、いつものようにその日に思いついたことをノートに書き記していた。ガタンゴトン、ガタンゴトンという列車の走行音を、私はいつもと同じように意識の縁で聞き流していた。私の立っていた場所は、車両と車両の間の、連結器がある場所の上だったから、走行音は普通より大きく聞こえていたかもしれない。
 何がきっかけだったのか、よくわからない。突然、私の心の中で、「ガタンゴトン」という音の質感が、とても生々しく感じ取られた。そして、その質感が、音をの周波数を分析したりといった数量的なアプローチでは全く扱えない「何か」であることを一瞬にして悟ったのである。

心を生みだす脳のシステム―「私」というミステリー (NHKブックス)心を生みだす脳のシステム―「私」というミステリー (NHKブックス)
茂木 健一郎

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■インタビューつながりで。4thアルバム「Fire Make Thunder」出た頃のO.S.Iのインタビューをたまたま見つけて拝聴。Kevinが何かベテラン俳優さんみたいな風貌に。
Fire Make ThunderFire Make Thunder
Osi

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