わたり終えるか、転げ落ちるか
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反市民の政治学: フィリピンの民主主義と道徳 (サピエンティア)」読了しました。市民圏と大衆圏、「お金持ち」層と貧困層との間にある大きな×2「道徳的分断」。中でも以下のような「価値観」の違いによる「分断」が個人的には深刻に思えました。

 ここでも言及されたように、貧困層が挙げたもう一つの価値は、貧富の差にかかわらず、誰もが公平に尊重されるべきだ、という人間の「尊厳」である。露天商は、「誇り高き仕事」といった語りを繰り返した。尊厳が貧困層にとって重要なのは、貧しい者ほど社会的地位の高い人から侮辱されることが多いからである。

そのような「分断」を繋ぐ可能性として、「接触領域」において双方が「もっぱら利益のレベルで関与し合い協働」することが、「両者の道徳的対立を調停する可能性を持つ」というご指摘が大変印象的でした。「利益のレベルで関与し合」うと「道徳的対立」が回避できる傾向が強くなる。まるで「外交」のよう、と思いました。

 要するに、接触領域において国民の道徳的分断を調停しようとする試みは、有権者教育のように市民圏から大衆圏への啓蒙という形では、大衆圏の道徳や生活と齟齬が生じるために、うまく目的を達することができなかった。むしろ、都市貧困層の生活基盤を合法化しようとした社会運動のように、中間層と貧困層が道徳的対立を抱きながらも、それを過度に前景化させることなく、もっぱら利益のレベルで関与し合い協働し、後者の利益を公共政策に反映させていく実践のほうが、両者の道徳的対立を調停する可能性を持つ。
 このことは、国民の道徳的分断を調停するためには、すべての貧困層を「市民」へ取り込もうとする包摂的市民主義が、必ずしも有効ではないことを意味する。

 そのため社会的分断に抗し、不平等を改善していくためには、排除や抑圧を生み出さない形で、何らかの共同性を新たに創出することが不可欠である。繰り返しになるが、その際にとくに重要なことは、道徳を共同性の基盤に据えないことである。たしかに、「すべき」という正しさを訴える道徳は、多様な人びとを統合していくにあたって強力な力を発揮する。しかし、道徳は人びとを繋ぎとめていくように見せかけて、実は善悪に切り裂いていく危険性を常に秘めている。また道徳の名のもとの連帯は、不平等や差別といった問題を隠蔽し、その継続を助長しかねない。それゆえ、「すべき」という道徳の境界線を越えた共同性を創出していくことが重要である。

反市民の政治学: フィリピンの民主主義と道徳 (サピエンティア)反市民の政治学: フィリピンの民主主義と道徳 (サピエンティア)
日下 渉

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とは言え、「それ(=道徳)を過度に前景化させることなく、もっぱら利益のレベルで関与し合い協働」するには、「面罵されることにも耐えて、ひたすら賽の河原で石を積むような営みを続けていく根気」も必要なのかも、と思った次第です。

…むろん、私も幾度も経験したことだが、歴史の共有は口で言うほど容易ではなく、面罵されることにも耐えて、ひたすら賽の河原で石を積むような営みを続けていく根気を要する。
 居丈高な自尊と相手へのいわれなき軽蔑からは憎悪や不信は生まれても、共に手を携える心など生まれるはずもないのである。

ユーラシアの岸辺から―同時代としてのアジアへユーラシアの岸辺から―同時代としてのアジアへ
山室 信一

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また、こういう市民圏と大衆圏とのズレと言いますか、その「分断」の話につい、中川家のコント「携帯電話屋」を思い出しました。このコント、実にうまくそれを表してるような気がするのですがいかがでしょうか。礼二扮するネジ工場の社長が「「誇り高き仕事」といった語りを繰り返し」てるように見えるのも何だか。
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