わたり終えるか、転げ落ちるか
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「忙しい」について思うところがあったので、メモ的にー。

「忙しい」を広辞苑で引いてみますと、

①急がずにはいられない。落ち着かない。
ひまがない用が多い多忙である

…とあるのですが、このうち②の「ひまがない」「用が多い」「多忙である」に注目してみたいと思います。と言うのは②の方は、「忙しい」をその「状態」ではなく、「(用事の)量」の観点から記述しているからです(逆に①は、「状態」の観点から記述してますね)。結論を先取りしますと、「忙しい」かどうかは、その「(用事の)量」によってのみ決めるべきであって、「状態」とは全く関係がない、ということをここでは主張してみたいと思います。

まず「忙しい、あぁ忙しい」と連発する人が本当に「ひまなし」「用が多い」「多忙」かと言うと決してそうではなく、ただ「効率が悪い」「無駄が多い」みたいな理由でバタバタしてるだけの人も結構多かったりします。逆に「効率が良い」「無駄がない」人っていうのは「用が多い」にも拘らず、ピシっと落ち着いてたりします。で、ここで問題なのが、前者が忙しく見え、後者は忙しく見えない、ということです。

こんな話を聞きました。

例えば、一人が抱える全体の仕事量を「10」とした場合、(たった)「2」の仕事量でもうすでにバタバタしちゃう人が、「10」の仕事量をバタバタせずにもうこなしちゃった人に向かって、(前者は後者よりこなした仕事量が「8」も少ないにも拘らず)「君、イイね、ヒマそうで」とか「ヒマなんだったらこっちの仕事手伝ってよ」なんてほざいたりするそうなのです。そして結果的に、前者は「2」の仕事量、後者は「18」の仕事量(=自分の仕事量「10」+他人の仕事量「8」)ということに。うーむ、どう考えても割に合わないとしか言いようのない話なのですが、現実的にはとっても多いケースらしいです。

ややこしくなってきたのでもう一度整理して問題提起。

「効率が悪い」「無駄が多い」ために、(用が少ないのに)忙しく見せる人…(A)
「効率が良い」「無駄がない」ために、(用が多いのに)忙しく見えない人…(B)

とすると、先ほどの例で言えば、たとえ仕事量が、

(A):(B) = 2:18

になったとしても、忙しく見える(A)は、忙しく見えない(B)に、果たして仕事を手伝わせる権利があるのでしょうか?(たとえ「2」しか仕事をやっていなくても)「忙しく見える」人はそんなにエライのでしょうか?そして(「18」も仕事をやっているのに)「忙しく見えない」人が、「忙しく見せる」人にそんなに都合良く扱われてイイのでしょうか?「忙しく見せた者が得/楽をする」「テンパって見せた者が得/楽をする」、言い換えれば「忙しく見えない者が損/苦労する」「落ち着いた者が損/苦労する」状況が許されてイイのでしょうか?

イイわけないですよね。

繰り返しますが、「忙しい」かどうかは、その「(用事の)量」によってのみ決めるべきであって、「状態」とは全く関係がないのです。もう、ホントそうなんです…なんていちブログのいちエントリで主張したところで現実的には何も変わらないのですが、とにかく僕は、(おそらく全世界に散在する)(A)に苦しむ(B)を心から応援しますし、その一方で、(B)を苦しめる(A)を心から軽蔑します。

…えーというわけで広辞苑執筆者の皆さん、「忙しい」の項目を以下のように替えて頂けないでしょうか。

①ひまがない。用が多い。多忙である。
②(①の結果として)急がずにはいられない。落ち着かない。
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