わたり終えるか、転げ落ちるか
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うずら君の爪切りに行ってきました。新天地のペット・ショップ・ガールズもまた親切な方たちでひと安心。と言いますか、今日のトリミング担当の方が僕と同姓でちょっとビビリました(☆。☆;。何か親近感湧きますね、こういうの。というわけでまたうずら君担当の際にはよろしくお願いします、玉井さん。
前のとこと感じ違うずらー!

■個人的にビビビと来た箇所だったのでメモー。

古代の日本社会において、小さな共同体が連合してより大きな共同体「くに」を形成するとき、それぞれの小さな共同体は、新たに形成された大きな共同体の部分としてトータルに再編成されるのではなく、基本的には、以前からの閉鎖性・自立性を保ったまま新たな大きな共同体に編入された。相対的に小規模な共同体と連合する大規模な共同体との間の同じ関係は、何段階も入れ子状に反復される。「公」とは、このような入れ子のような再帰的な組み込みの階層の中で、相対的に小さな共同体にとっての相対的に大きな共同体のことであるそれゆえ、階層構造のどの段階に準拠するかによって、同じ共同体が「私」とも「公」にもなりうるのだ

<参考>
『<公共性〉の条件(上)―自由と開放をいかにして両立させるのか―』(大澤真幸);「思想2002年第10号No.942」

keitamai.com超短編小説鶴、解放(6)」を掲載しました。今シリーズもこれにて完結ー!
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