わたり終えるか、転げ落ちるか
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確かにその通りだと思います↓でもそこに「差異」なんて対等な関係ではなく、ただの「優劣」しか存在しない場合に、それらを「すり合わせ」ることによって、新しい価値の創造なんて生まれるのでしょうか。「優」と「劣」がすり合わさっても、それはただの「後退」でしかないのではないでしょうか…

…なんてふうに少し前の僕なら考えていたと思うのですが、最近考え方がガラッと変わりました(変えようとしている途中…かもですが)。そう、「優劣」ベースではなく「差異」ベースで世の中をみてみよう。みてみるのだ。みてみることから始まる何かがあるのだ。

「会話」が、お互いの細かい事情や来歴を知った者同士のさらなる合意形成に重きを置くのに対して、「対話」は、異なる価値観のすり合わせ、差異から出発するコミュニケーションの復活に重点を置く。
-中略-
さらに、「対話」を考えるうえで重要なことは、「ディベート」「討論」との差異だろう。ディベートは、自分の価値観を主張し、その価値観と論理によって相手が説得されることが最終的な目的となる。だが、対話は、中島氏も指摘している通り自分の価値観と、相手の価値観をすり合わせることによって、新しい第三の価値観とでもいうべきものを創り上げることを目標としている。だから、対話においては、自分の価値観が変わっていくことを潔しとし、さらにはその変化に喜びさえも見いださなければならない。相手の意見に合わせるのでもない。自分の意見を押し通すのでもない。新しい価値創造の形が、いま必要とされているのだ。

対話のレッスン対話のレッスン
平田 オリザ

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「対話」のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの (PHP新書)「対話」のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの (PHP新書)
中島 義道

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信じる事の出来そうな位のかわいい嘘は;人生はタイトロープ

…とは言え一方で、すり合わせなしのいきなりの怒りがすでに「新しい第三の価値観」級の松ちゃんの「怒り」にただただ圧倒されまくりでありました。今秋公開の映画も楽しみ!
松本人志の怒り 赤版松本人志の怒り 青版松本人志の怒り
松本 人志

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