わたり終えるか、転げ落ちるか
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「『なんか、こういう感じ、ああいう感じ』という答え方しかできない」感じ、とってもよくわかります。逆に論理的に語り過ぎる人を、僕はあまり信用できないのです。なぜなら、「本気で考えていることについて語ろうと」していないような気がするから。

 哲学の思索をしているとき、私は言葉のない世界にいる。頭の中を飛び交っているのは、抽象的なイメージであったり、どことなく色の付いた観念の固まりであったり、ひたすら伸び縮みする細長い棒のような形へと凝縮するのかを、ずっと考えているのである。
 -中略-
 講演会や、授業などで、いまどんなことを考えているのかを教えてほしいと問われても、私は、「なんか、こういう感じ、ああいう感じ」という答え方しかできない。哲学者だったらもっと論理的に語れるだろうと思われるかもしれないが、いま本気で考えていることについて語ろうとすると、失語症のようにならざるを得ないのだ。なぜなら、私はまだ言葉になる以前の、曖昧模糊としたイメージの固まりと、まさに格闘しているところなのであるから。

33個めの石 傷ついた現代のための哲学33個めの石 傷ついた現代のための哲学
森岡 正博

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「パルコ的」なものの衰退、それに替わる「ジャスコ的」(=びっくりドンキー的?)なものの侵入…「『R2C2』 ~サイボーグなのでバンド辞めます!~」を爆笑しつつ観ている間、ずっと「東京から考える」の内容が頭の中をぐるぐるぐる。ふと見渡すと席に糸井重里さんとキム兄がいたよー。

 渋谷という街に限定して考えても、おそらく九〇年代以降、かつての広告都市は、先ほどからの話でいうと、ジャスコ的になっているのではないか。まず九〇年代に注目されたのがセンター街ですね。僕が大学に入ったとき渋谷の中心はセンター街に移っていて、もはやパルコに注目するひとは少なくなっていた
 -中略-
 ストリートというのは、要するに、物理的・空間的な囲い込みが無効化せざるをえないような、さまざまな欲望が交差する雑踏です。各人が各人なりにその雑踏のなかで欲望を追求したりまったりしたりしている。だからパルコ的なドラマトゥルギー、都市を舞台として捉えその演出を志向する欲望は頓挫せざるをえない

東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)
東 浩紀

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