わたり終えるか、転げ落ちるか
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仲正昌樹とともに読む<思想書古典>徹底読解講義 ヴァルター・ベンヤミン 『“危機の時代”の思想家を読む』」の第3回。今回はかの「暴力批判論」。「ストライキ」→「戦争」→「神」と後半なかなかにアクロバティックでしたが、「暴力」というより、そもそもの人の考えの志向性と言いますか(「掟化」の話とか本当にため息)、そういうもののまさに(講義でも出てきましたが)「原罪」的なるものをしみじみと感じた11月中旬(あんまし関係ないですが)でありました。他にいろいろと関連図書も出てきましたので時間見つけて(あるのか?)読みたいと思います。

しかも法のかなたに、純粋で直接的な暴力がたしかに存在するとすれば、革命的暴力が可能であることも、それがどうすれば可能になるかということも、また人間による純粋な暴力の最高の表示にどんな名をあたえるべきかということも、明瞭になってくる。だが、ひとびとにとって、純粋な暴力がいつ、ひとつの特定のケースとして、現実に存在したかを決定することは、すぐにできることでもないし、すぐにしなければならぬことでもない。なぜなら、それとしてはっきり認められる暴力は、比喩を絶する作用力として現われる場合を除けば、神的ならぬ神話的暴力だけなのだから。暴力のもつ滅罪的な力は、人間の目には隠されている。純粋な神的暴力は、神話が法と交配してしまった古くからの諸形態を、あらためてとることもあるだろう。たとえばそれは、真の戦争として現象することもありうるし、極悪人への民衆の審判として現象することもありうる。しかし、非難されるべきものは、いっさいの神話的暴力、法措定の-支配の、といってもよい-暴力である。

暴力批判論 他十篇 (岩波文庫―ベンヤミンの仕事)暴力批判論 他十篇 (岩波文庫―ベンヤミンの仕事)
ヴァルター・ベンヤミン
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・「暴力批判論」を1回でやってしまうのはいささか時間が気になるが、ベンヤミンの議論の立て方が非常にコンパクトなので何とかできるだろう。
・「暴力批判論」が書かれた1920、21年とはどういう時代か?ドイツ革命の「敗北」、の年(21年)である。
・また、1919年に独は第一次大戦を正式に「敗戦」し、ワイマール体制(社会民主党(SPD)政権)ができる。
・ベンヤミンのいう「暴力」とは共産党(KPD)の暴力革命、保守革命を指す。
・「暴力論」(1908)が下地。テーマは「暴力をどうやって正当化するか」。このテーマは左翼はよく追及する。
暴力論〈上〉 (岩波文庫)暴力論〈上〉 (岩波文庫)
Georges Sorel

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暴力論〈下〉 (岩波文庫)暴力論〈下〉 (岩波文庫)
Georges Sorel

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・「権力」(国家、ブルジョワ)側の暴力はいけないが、「弱者」側(抑圧されている側)の暴力はOKという考え方。つまり、「プロレタリアートの暴力革命は正当化できるか?」ということ。
・「暴力」を意味する「Gewalt(独)」には、「力」「権力」という意味をあり、物理的な暴力の背景にある「権力」を指す。
・デリダの「法の力」(1989に講演、1994に出版)ではベンヤミンの議論を脱構築的に再解釈。
法の力 (叢書・ウニベルシタス)法の力 (叢書・ウニベルシタス)
Jacques Derrida

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・「法」を意味する「Recht(独)」には「権利」という意味もある。「law」と「right」に分けるという考え方をしない。
・「正義」=「『法』をより抽象化したもの」である。
法の哲学〈1〉 (中公クラシックス)法の哲学〈1〉 (中公クラシックス)
Georg Wilhelm Friedrich Hegel

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法の哲学〈2〉 (中公クラシックス)法の哲学〈2〉 (中公クラシックス)
Georg Wilhelm Friedrich Hegel

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ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説 (岩波文庫)ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説 (岩波文庫)
カール・マルクス

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・正しい「目的」か、正しくない「目的」か、「暴力」の是非はつまりこの問題を考えれば良い。
・「正しい目的」=「Gerechte Zweck(独)」の「Gerechte(独)」には「正当な」「公正な」という意味もある。つまり、「法」と「正しい」はつながっている。
・「生命を保存するための暴力」を一部、あるいは全部を全て国家に譲渡、という議論は明らかにホッブス。
リヴァイアサン〈1〉 (岩波文庫)リヴァイアサン〈1〉 (岩波文庫)
Thomas Hobbes

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リヴァイアサン〈2〉 (岩波文庫)リヴァイアサン〈2〉 (岩波文庫)
Thomas Hobbes

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リヴァイアサン 3 (岩波文庫 白 4-3)リヴァイアサン 3 (岩波文庫 白 4-3)
Thomas Hobbes

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リヴァイアサン 4 (岩波文庫 白 4-4)リヴァイアサン 4 (岩波文庫 白 4-4)
Thomas Hobbes

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・「やっていることは法に適っているか」、これがOKであれば「目的は正しい」と見なす。「法実証主義」=「RechtsPositivismus(独)」。
・「法(Recht)」を歴史的に辿って、論理的帰結を見る。この連鎖の中で「暴力」はその正当性を獲得する。
・【「個人」→(暴力)→「自然目的」】⇒【「個人」→(法)→「法的目的」】という流れで、「自然目的」が法によって承認される(=法の支配下に置く)。
・ただし、こうした流れがだんだん拡張してくると「教育」のうように(本来ならば勝手に「育つ」という考え方を優越した)仕組みもできあがる。
・(そもそも)個人が暴力を振るう可能性があることそのものが問題である。
・「インタレスト」は「利益」or「関心」ではなく、「利益」=「関心」。分けられない苦肉の策としてカタカナとした。
・「ストライキ」は「暴力」か?ベンヤミンは「暴力」と考える。
・「ストライキ」とは「企業への抵抗」である。企業は「(暴力の独占主体である)国家の保護対象」である。ex) 「アナルコ・サンディカリスム (Anarcho-syndicalism)」
・「戦争の勝利」=「新たな法を生み出す」=「法措定的な暴力」。
・国家は法を措定できる力を独占している。ゼネスト(≒他国の宣戦布告権)はこれを脅かす。従って、「ストライキ」=「暴力」である。
・「法措定的暴力」と「法維持的暴力」。「法律」を意味する「Gesetz(独)」には「掟」という意味もある。
・(革命によって生まれた政党である)社会民主党政権は「法措定的暴力」を発動した。
・本来の(アナーキストによる)ゼネストは、法の措定を退けなければならない(=「法措定的暴力」以外の暴力を目指さなければならない)。
・革命的暴力は何らかの拘束性を持つ。たとえば反戦デモはなぜ皆整列するか?
・「法的問題の最終的決定の不可能性」をベンヤミンは説く。
・「妥当」-「一般的妥当性」-「法」…に見る「妥当」という考え方。
・「神話的な暴力」(=ソレルに対する批判)とは、人間が踏み越えてはならない境界線が「後に残る」ものである。
・「法の措定」=「権力(「Macht(独)」の措定」」→「暴力」。
・「特権」=「VorRecht(独)」の「Vor」という接頭語は「Before」=「先んじて出てくる」という意味。つまり、個々の「Recht(独)」の前に出る、ということ。
・「神話的暴力」「運命」「宣言」→「(国家の法的暴力である)「法措定的暴力」⇔「法維持的暴力」
・ベンヤミンとしては「神的(Mythisch(独))な暴力」に話を持って行きたい。ここで「神」「Gottlish(独)」とせず、「Mythisch(独)」とした意味を考えたい。「Myth」は「物語全般」を指す。
・下地はやはりキリスト教。キリスト教には「原罪」(=贖いという考えを持たない罪)がある。
・このような「直接的な現れのない(=人間が体言できないかもしれない)」「暴力」は発見・抽出可能か?
・(神の)「摂理の暴力」に「Waltende Gewalt(独)」の「Waltende(独)」には「管理する」「押さえつける」「圧倒する」の意味もある。たとえば、「法を超えた正義」が「掟可」する、という皮肉。
<関連>
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