わたり終えるか、転げ落ちるか
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年末に「思想地図vol.4」のトークイベント「10年代思想の行方」を聞きにABCに行ったことを今頃。結局思想地図は今年1号も読めないまま早くも4号発売…ま、時間ができたときの楽しみが増えた、と思っておくことにします。
思想地図vol.4 特集・想像力 (NHKブックス別巻)思想地図vol.4 特集・想像力 (NHKブックス別巻)
東浩紀

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以下簡単ながらメモメモ。

・4号の良いところは…まず「対談が豪華」。
・宮台さん対談の評判↑、宮崎さん座談会の評判も↑、村上春樹論も安定したクオリティ…等々。
・でも実は3号(前号)を出す自信がなかった。
・4号のテーマは(「想像力」ではなく)本当は「文学」だった。
・実は前田-水村「亡びるとき」対談が入る予定だった。
紙の本が亡びるとき?紙の本が亡びるとき?
前田 塁

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日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
水村 美苗

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・ケンカにはさまれる人が大変という状況を多く見てきたため、宇野さんが平和主義に。
・濱野、宇野、鈴木、荻上は皆宮台信者。
・なぜ00年台は宮台と東が似たように見えてしまったのか?
・95年は「Before」(=世界の終わり)か、「After」(=世界の始まり」か、東さんは「Before」の人で、宮台さんは「After」の人ではなかったか?「世界系」と「バトルロワイヤル系」という対立軸も。
・「動ポモ」の東、isidの東、ルソーの東、オタクの東…このうちのどれかうを褒めて、どれかをけなす…これは果たして批評だろうか?深みのない批評なのではないか?
・一見まったく無関係なパーツが、ある作品の細部に大きく影響するのではないか?
・例えば、押井はどうして実写で実力を発揮しないのか問題等。
・批評家は「コミュニケーション」と「コンテンツ」を切断するのが仕事なのではないか?
・宇野さんは90年代後半の宮台理論と00年代前半の東理論を足してバージョンアップさせたものを目指す、いや目指すというかはハイブリッド化は避けられない。
・宇野さんはとにかくセカイ系がキライ(=つまらない)。
・00年台はロマンティシズム(=セカイ系、つくる会等)が過剰だった。
・東さんは「ロマンティシズム」の復権を狙っている。
・シノドスもチャーリーもちっちゃくパッチをあてているにすぎない。
・物語批判→物語回帰→物語批判→…というサイクルがもはや食傷気味。
・世界が「九十九十九」であふれているのにセカイ系をつくる意味がわからない。
・この「あふれ」がダメな原因だとしたら、セカイ系だけを責めるのは×。
・「今の世の中」を反映させた小説が優れた小説だが、セカイ系はそういう次元ではない(オタクは「社会の反映」から遠ざかるものなのだから)。
・00年は「文学」「思想」に対してワクワクしなかった時代だった。
・「文学」「思想」の役割は「ロマンティシズムの提供」だったのに、そこから遠ざかる形でそこにいたことが00年代がダメだった理由。この制約を解除すべき。
・「愛」「家族」を語る言葉がない。
・「中二病」は「カッコ悪い(イタイ)」or「(だからこそ)回帰(=セカイ系)」。
・結局、思想地図2.0は動員ゲームに参戦しなければならない。でも単純な物語回帰では弱い。ツッコミ道に堕落するしかないのか?
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