わたり終えるか、転げ落ちるか
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
イギリス系「自由」の考え方の方が好きかな…あーいやでもどうだろう…むむむ。

 フランス系の合理主義的な「自由」は、人間の普遍的な「理性」に基づく理想状態のようなものを予め設定し、それを目標として、社会全体をそこに誘導しようとする設計主義的な傾向がある。人間の普遍的な「理性」を想定しているので、実際にはごく少数のエリートによる設計であったとしても、最終的に全ての人民の合意を得られるはずだという社会契約論的な発想をする。したがって、社会主義、計画経済、全体主義的な民主主義に傾斜していく可能性を常に秘めている。
 それに対して、イギリス系の反合理主義的な「自由」は、人間の「理性の限界」、「無知」から出発するという。どのような状態が人間にとって好ましいか知っている人間、あるいは、未来の社会がどのようになるか確実に予見できる人間はいない。誰の持っている知識が正しく、有用なのか確実に知りようがない。したがって、各人が自らの自由を利用する機会をできるだけ多く持ち、様々な試行錯誤をし、経験を積めるようにしておくことが望ましい。様々な経験知が蓄えられ、多くの人によって活用可能な状態になっていることが「進歩」の条件である。

集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)
仲正 昌樹

by G-Tools
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。