わたり終えるか、転げ落ちるか
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■横浜にてPULSNUGライブー♪

meets MARIKOV vol.3 "3・2・1 SPRING!!"
2010.3.21(sun)
open/15:00 start/16:00 ※PULSNUGの出演順は4バンド目18:20~です。
charge/1500yen(w/1D)
Jack.Cafe.BASSMENT
MARIKOV/PULSNUG/ハルチルドリ/Come To My Party

本番前に中華街♪「本場の辛さ」と銘打ったマーボ豆腐でメンバーの皆さまにご迷惑おかけしました…(ホントに辛かった…)。
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終了しましたー!結構大胆にミスしちゃいました…ココロ折れまくり。
3・2・1 SPRING!!
MARIKOVの皆さま、とっても楽しいひと時をありがとうございました!

■池上先生の問題意識に激しく同意。
茂木健一郎 クオリア日記:猛獣使いと猛獣

アーティスト・トークで、池上は「爆弾」を投げた。自分が提示したかったのは、この色をどうしようとか、ここは三角形にしようとか、そのような「見え方」の作り込みではなくて、むしろ一つのシステムそのものだったのだと。

アーティストは、細部の作り込みにこそ命をかける。しかし、それとは違う道もある、ということを池上は言った。

思うに、アートの表現形態にはいろいろある。その中には、数学や物理のように、論理を持って辛抱強く追わなければ享受できぬ芸術性もある。そのようなことが、現代においてあまりにもないがしろにされていることは事実だろう。

プラトンは、芸術そのものに対して否定的だった。表面的な美が、かえって奥にある真実に到達することを妨げる、と考えたのである。アーティストとは、猛獣のようなものだろう。一方の科学は、「神」という猛獣使いを理神化することに起源した。

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