わたり終えるか、転げ落ちるか
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 スペルベルの示唆をまじめに受け止めるならば、社会学もまた、単一の「基礎理論」をもたない折衷科学であるしかない、ということになります。つまり、経済学でも心理学でも生物学でもロボット工学でも、必要とあらば何でも使う学問です。とはいえそのように理論的アイデンティティがない疫学の学問的アイデンティティはもちろん、健康問題への取り組みという政策的実践志向によって保たれているのに対して、社会学の場合には、社会問題への取り組みという政策的実践志向が共有されているのかといえば、もちろんそんなことはありません。つまり一方の極に社会問題の解決を志向する、臨床的政策科学としての社会学があるとすれば、他方には構築主義的に、人々の社会的経験の仕方に対して、ただひたすらに「ああでもない。こうでもない」と「異化」を繰り返す問題発見の学としての社会学がある、という亀裂は残り続けるでしょう。

社会学入門―“多元化する時代”をどう捉えるか (NHKブックス)社会学入門―“多元化する時代”をどう捉えるか (NHKブックス)
稲葉 振一郎

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「必要とあらば何でも使う学問」としての「社会学」、そして「臨床的政策科学」&「問題発見の学」としての「社会学」が、苅谷先生の手によって、これでもかというくらい鮮やかに展開されていました。しかも、↓のような、「折衷科学」としての引け目もきちんと記すところがますます頭が下がります。「大衆教育社会のゆくえ―学歴主義と平等神話の戦後史 (中公新書)」と本書と、そしてそれに続く三部作目を予告されていましたが、内田先生のレヴィナス三部作の完結と同じくらい楽しみにしております(それにしても、やっぱし「三部作」という響きはお二人ともお好きなのでしょうか)。

…アメリカ教育史の専門家でも教育財政学の専門家でもない私の研究が、どれだけ専門性に耐えられるのかわからないが、比較と歴史の方法を駆使して、問題を明らかにする手法がとれると思った。専門家ではない勇み足が随所にあるかもしれない。資料の不足や資料の読み取りに問題点があれば、ご指摘いただきたい。

教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したか (中公新書)教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したか (中公新書)
苅谷 剛彦

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そして社会学と言えば今なんと言ってもこの方が(いろんな意味で)アツイ…澁谷知美先生です。いやはや、ジェンダー・フェミニズムなんて僕らが学生の頃には、強い女性が弱い女性を救う(あるいは気付きを与える)ような学問でしたが、今となっては男性を救う(あるいは気付きを与える)時代になってしまったのですね。

平成オトコ塾―悩める男子のための全6章 (双書Zero)平成オトコ塾―悩める男子のための全6章 (双書Zero)
澁谷 知美
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ところで澁谷先生は教育社会学がご専門だったと思うのですが、指導教官は苅谷先生だったのでしょうか…とっても気になります。
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