わたり終えるか、転げ落ちるか
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 ラングトンによれば、言論の自由はそれを認めることの結果によって正当化されるはずである。彼女が考えるには、「言論の自由がよいものであるのは、それによって人々が言葉によってさまざまなこと―抗議、問い掛け、答え―を行うことができるからである」。しかし、女性従属的ポルノは、女性が言語によって行なうこうした様々な活動をうばってしまうのである。典型的には、女性従属的ポルノには女性の「ノー」という発言を無効にしてしまう働きがある。女性の「ノー」という発言が「彼女は性交渉を拒絶した」という発語内行為として記述できるためには、男性がそれを理解することが必要である。もしその男性が、その女性は実はふざけていたり、むしろ自分に媚びたり、誘ったりしているのだと誤解してしまうなら、彼女の「ノー」は拒絶を意味しないことになってしまう。そして「女のノーは実はイエスだ」という神話をばらまく女性従属的ポルノは、そうした誤解を維持させ続けることになるのである。つまり女性従属的ポルノには、性的関係を拒否するという女性の発語内行為をさまたげる働きがある。

コミュニケーション――自由な情報空間とは何か (自由への問い 第4巻)憎悪表現と自由 ― ポルノグラフィをめぐって:コミュニケーション――自由な情報空間とは何か (自由への問い 第4巻)
江口 聡 北田 暁大

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そうなると「Rock’n Rouge」は「女性従属的」な歌と見なされてしまうのでしょうか。そもそもこの歌詞は果たして「男性の願望」なのか「女性の本音」なのか…。ま、ケースバイケースですかそうですか。

PURE PURE LIPS 気持ちはYES
KISSはいやと言っても反対の意味よ

Rock’n Rouge(CCCD)Rock’n Rouge
松田聖子

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