わたり終えるか、転げ落ちるか
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昨日のエントリへの書き忘れ…。

電子書籍には、「『できない』ことを『できない』ことでなくす」力を感じます。Twitterは完全にこちらですよね。

 さて、先の「する」の論理からすると、disableということには何の意味も価値も見いださないわけになる。だが、「できない」ということは、言うまでもなく、「する」ほうから見るから「できない」のだ。そして「できない」ほうから「する」を見ると、あることを「できない」こととしか見えなくさせている「する」の仕組みのほうがむしろ浮かび上がってくる。「できない」ことの多くは、「できる」と「できない」ことを仕分けて、「できる」ことのほうから行動の環境がかたちづくられ、行動の制度が組み立てられているからこそ「できない」にすぎない。たとえば、身体に障害があるひとが地下鉄にひとりで来れないのは、段差がいろいろな場所にあるからであって、床をなだらかにしエレベーターを完備すれば、ひとりで乗れるのである。「できない」ことを「できる」ようにするより、「できない」ことを「できない」ことでなくすことのほうが重要だということだ。

わかりやすいはわかりにくい? 臨床哲学講座 (ちくま新書)わかりやすいはわかりにくい? 臨床哲学講座 (ちくま新書)
鷲田 清一

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