わたり終えるか、転げ落ちるか
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■またもや夕立&虹!今日は前と比べてくっきりと!でも電線が邪魔だなぁー。
2枚組のレインボウズほしい。

■もはや「音楽の聴き方」だけにとどまらない、極めて重要な箇所だと思います。「別の文脈で聴く可能性」を生むのは、「謙虚」さの中にあるのです。

 であればこそ、今の時代にあって何より大切なのは、自分が一体どの歴史/文化の文脈に接続しながら聴いているのかをはっきり自覚すること、そして絶えずそれとは別の文脈で聴く可能性を意識してみることだと、私は考えている。言い換えるなら、「無自覚なままに自分だけの文脈の中で聴かない」ということになるだろう。自分が快適ならば、面白ければそれでいいという聴き方は、やはりつまらない。こうしたことをしている限り、極めて限定された音楽(=自分とたまたま波長が合った音楽)しか楽しむことは出来ない。時空を超えたコミュニケーションとしての音楽の楽しみがなくなってしまう。むしろ音楽を、「最初はそれが分からなくて当然」という前提から聴き始めてみる。それは未知の世界からのメッセージだ。すぐには分からなくて当然ではないか。快適な気分にしてもらうことではなく、「これは何を言いたいんだろう?」と問うことの中に意味を見出す、そういう聴き方を考えてみる。「音楽を聴く」とは、初めてのうち分からなかったものが、徐々に身近になってくるところに妙味があると、考えてみるのだ。こうしてみても初めのうちは退屈かもしれない。音楽など自分と波長の合うものだけをピックアップして、それだけを聴いていればいい―それも一つの考え方だろう。だが「徐々に分かってくる」という楽しみを知れば、自分と波長が合うものだけを聴いていることに、そのうち物足りなくなってくるはずである。これはつまり自分がそれまで知らなかった音楽文化を知り、それに参入するということにほかならない。
 ―中略―
 …それらの背後には何らかの歴史的経緯や人々の大切な記憶がある。このことへのリスペクトを忘れたくはない。「こういうものを育てた文化=人々とは一体どのようなものなのだろう?」と謙虚に問う聴き方があってもいい。歴史と文化の遠近法の中で音楽を聴くとは、未知なる他者を知ろうとする営みである。

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)
岡田 暁生

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■明日から大図研!
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