わたり終えるか、転げ落ちるか
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もし、知識人が、その(頭の)中に貴重な情報を宿した「ミュージアム」なのだとするのなら、こういうミュージアム(=知識人)「像」が望ましいのでは、ということをこの本では手を変え品を変え言い続けているような気がしてなりませんでした。例えば、横浜美術館について、「どこか権威を誇示しているところがあまり好きになれそうにない」と言っていたり。

 これは明治期に二つの美術学校が別個に設立され発展していった、そのそれぞれの経緯のちがいを反映しているのだといってよいだろう。それにしても、日本社会の近代化の進行と密接に結びついた学校がより権威的あるいは保守的な性格を残し、伝統文化とのつながりのなかで成長してきた学校のほうに自由な気分が保たれているというのは、少し逆説的であるようにも思えるが、もっと大げさないいかたをするなら、ここからうかがえるのは、明治以降の日本におけるあらゆる領域での、東京と京都の位置のちがいそのものでもある。

ミュージアムと出会うミュージアムと出会う
富永 茂樹

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もうすぐ出る「トクヴィル 現代へのまなざし (岩波新書)」も楽しみであります!
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