わたり終えるか、転げ落ちるか
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う、うぉおぉ…。

 第三者の審級の普遍化は、まさにその普遍化の不可能性を具現してしまうような対象としての性格をその当の第三者の審級が帯びることによって、かえって完結することができる(かのような外観を獲得する)。「常に未だ普遍化されていない」ということを、つまり普遍化の不可能性をその第三者の審級があらかじめ表現し、含意してしまうならば、原理的に、その承認から逃れる領域は存在しえない。その第三者の審級の承認の視野に包括されていない外部であるということ―普遍化が未了であること―自身が、承認されてしまうからだ。

虚構の時代の果て―オウムと世界最終戦争 (ちくま新書)虚構の時代の果て―オウムと世界最終戦争 (ちくま新書)
大澤 真幸

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そして「極限の寛容」…か。
寄生獣(1) (アフタヌーンKC (26))寄生獣 (アフタヌーンKC (26))
岩明 均

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