わたり終えるか、転げ落ちるか
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今回の総選挙の落としどころについては、内田先生のエントリに非常に共感するところがあったので、それをベースにして書かせて頂きます。
4620317314身体(からだ)の言い分―Right time,right place
内田 樹 池上 六朗

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総選挙終わる;内田樹の研究室
この種の「弱者切り捨て」論からするところの強権批判という定型がほとんど政治的言説としてインパクトをもたなくなったということが今回の選挙のきわだった特徴ではないかと思われる。
勝者の非情・弱者の瀰漫;内田樹の研究室
「弱者」という看板さえ掲げればドアが開くという状況に対する倦厭感があらゆるエリアで浸透しつつあることを意味している。
「弱者は醜い」、「敗者には何もやるな」。これが今回の選挙を通じて小泉首相が有権者に無言のうちに告げたメッセージである。そして、この「勝者の非情」に有権者たちは魅了されたのである。

思えば「弱者」カードを切って人から同情を引いたり、「弱者」カードを切る人に優しい政党に多くの人が投票するっていうのはもはや「今は昔」の話なのでしょう。にも拘らず、今だにたやすく「弱者」カードを使いたがる人が絶えないっていう状況が続いていて、そこへのイライラが今回の自民党大勝利にリンクしたのだ、という見方はとても鋭いと思います。そしてさらにドキッとしたのは、

勝者の非情・弱者の瀰漫;内田樹の研究室
「弱者は醜い」という「勝者の美意識」に大都市圏の「弱者」たちが魅了されたという倒錯のうちに私はこの時代の特異な病像を見る。
日本人は鏡に映る自分の顔にむけてつばを吐きかけた。自己否定の契機をまったく含まないままに「自分とそっくりの隣人」を否定して溜飲を下げるというこの倒錯を私は「特異な病像」と呼んだのである。

…という指摘。つまり「強者」が「弱者」にイラついているというよりも、「弱者」が「弱者」にイラついている、という図式。さらに言えば、「自分」が「自分」にイラついている、と。そしてそういう状況を総選挙に見立て、大勝利する自民党を見ながらある種のカタルシスを得る。これは確かに「特異」です。

こういう「他責」と「自責」、「肯定」と「否定」の入り混じった奇妙な感覚が、現在の日本国民の特徴的なものだとしたら、それは果たしてどのようなことを意味している(することになる)のでしょうか。僕には今のとこわかんないです。今はそういう状況を踏まえて、できるだけプラクティカルに考え、行動していくしかなさそうです…と何か曖昧なまとめで締めヽ(´ー`)ノ。

あ、内田先生の学生さんが「水曜どうでしょう」で卒論を書くらしいです。これは興味深いですねー♪
『水曜どうでしょう』ばかり見ていたらダジャレが止まらなくなった;内田樹の研究室
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大泉洋

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大泉洋 with STARDUST REVUE 大泉洋 添田啓二

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