わたり終えるか、転げ落ちるか
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
今日、仕事の帰りに一緒だった方が「ホルン吹き」だということがわかり(正確には「だった」)、帰りのバスの中ずっと↓のことが気になってしまい(ちゃんと話は聞いてましたよ)。

何故それはホルンでなくてはならなかったのか?」楽しみにしていたその答えは「ホントはクラリネットをやりたかったんだけど、他にもう一人クラリネットやりたい人がいて、その人が見るからに我が強そうだったから」というものでした。ううむ。それでも「クラリネット以外」⇒「ホルン」とはなかなかならないような気も。それにしてもホルンって高いんですね。40万円台が普通って聞いてびっくり。

 たとえばホルンという楽器がある。そしてそのホルンを吹くことを専門的職業とする人々がいる。これはまあ世の中の成り立ち方としては当然のことなのかもしれないけれど、そういうことについて真剣に考えはじめると、僕の頭は立体的な迷宮みたいに混乱してしまう。
 何故それはホルンでなくてはならなかったのか?
 何故彼はホルン吹きになり、僕はならなかったのか?
 ある一人の人間がホルン吹きになるという行為には、ある一人の人間が小説家になるよりはずっと深い謎が含まれているように僕には思える。

夜のくもざる―村上朝日堂超短篇小説夜のくもざる―村上朝日堂超短篇小説
村上 春樹 安西 水丸

by G-Tools
その方といろいろ話せば話すほど、やはりその方はどうしようもなくホルン的であり、なるべくしてホルン吹きになったような気がします。もしよければまたホルンのお話、聞かせてください。ホント、すべらないホルンの話、でした。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。